【サッカーの続け方】中川愛斗(JFA公認1級審判員)
サッカーに関わる仕事を紹介するこのコーナー。今回はJFA公認1級審判員としてJリーグや高校サッカー選手権などで審判を務める中川愛斗さんをご紹介します。2級審判員時代に本誌でお話をうかがってから5年、1級になってからの活動や取得までの経緯を教えてくれました。
★前回取材時の記事はこちら!
中川愛斗(なかがわ よしと)
1997年10月6日生まれ、岩手県出身。高校卒業後にJAPANサッカーカレッジのコーチ· 審判専攻科に入学。在学中にJFA 公認サッカー2級審判員資格を取得し、一般企業で働きながら“狭き門”とされる1級の資格も取得した。現在はJリーグでの審判活動で全国を飛び回りながら、岩手県の企業での仕事と並行した生活を送っている。
「プロの審判として、将来的に国際大会で笛を吹きたい」
───2020年の取材時は2級審判員でしたが、1級として再び取材をお受けいただきありがとうございます。まずは、現在はどういった働き方をされているのでしょうか。
「昨年7月から新しい会社にご縁を頂きました。サッカーに関する活動を認めて応援してくださっている社長や同僚に手伝ってもらいながら、現在も会社員としての仕事と並行して審判活動を行っています。1級審判員になってからはJリーグ(J2の主審、J1の第4審などを担当)の試合がほぼ毎週末、そして平日に入ることもあるので、仕事· 移動· 審判と忙しい生活を送っています」
──1級の資格取得までの過程は?
「2年間にわたって試験が行われます。私は2021年から受験したのですが、地域ごとの協会から推薦を受けた約20人が候補として選出され、年間10試合ほど(高円宮杯U-18プレミアリーグや社会人リーグなど)での審判技術や競技規則、さらに体力や人間性まで、通年で評価されることになります。1年ごとに最終試験に進むチャンスが与えられるなか、私は2年目で最終試験へ進み、取得することができました。当時は“なれなかったらどうしよう”と不安になることもありましたが、“ なるためにどうしたらいいか”を常に考えるメンタリティーを持ってからは、自分の強みや壁にぶつかったときに立ち返るものが見えて、ゴールが明確になったと思いますね」
──学生時代の学びで役に立ったことは?
「JAPANサッカーカレッジ(JSC)の担任だった須﨑政幸先生から教わった姿勢なのですが、常にオープンマインドで、周りからのアドバイスや意見は聞き入れることを心がけてきました。そして、やりたいことのためにやるべきことをやるという考えも前から変わらないことなので、これからも持ち続けていきたいですね」
───1級審判員になって変化したことは?
「2022年12月に1級の資格を取得し、2023年からJFL、2024年からJ リーグの担当になりました。2級で担当していた高校や大学リーグと比べて試合のレベル、さらに審判に求められる基準が高くなります。そのためジムに行って筋力をつけたり、走って体力をつけたりと、トレーニングにも日々取り組んでいますね。さらにインドネシアやマレーシアなど、AFC(アジアサッカー連盟)の研修で海外に行くことも増えました。将来的には国際審判員としてAFCの主要大会やFIFAのワールドカップ、オリンピックに割り当ててもらえるよう、今から積極的に動いています」
──担当して最も印象に残った試合は?
「昨年度の高校サッカー選手権の準決勝(第2試合· 流通経済大柏vs 東海大相模)です。40,000人弱入った国立競技場という大舞台ですし、自分が選手時代に目標にしていた選手権という大会で主審ができたことは大きく印象に残りましたね」
──審判員としての将来像は?
「1級の中でもトップにあたるプロフェッショナルレフェリー(審判員の活動に専念し、審判界全体のレベル向上に貢献する制度)になることを目指しています。具体的な時期は意識していませんが、まずは近い将来J1 を主審として担当して、同時にプロになりたいと意識はしていますね。そして最終的には国際審判員としてワールドカップの舞台で笛を吹くことができたらと思っています」

読者へのメッセージ
オープンマインドが目標達成への第一歩
「オープンマインドで、聞く姿勢、学ぶ姿勢を持つことが周りからの見られ方につながってきますし、応援してもらえる要因になると思います。どんな目標を持ったとしても、達成するためにどうしたらいいのかというメンタリティーを常に持ち続けることが夢への一歩だと思います!」
ある1週間のスケジュール
月 | 仕事 |
火 | 仕事→午後移動 |
水 | 試合 |
木 | 移動→午後仕事 |
金 | 仕事 |
土 | 移動 |
日 | 試合 |
月 | OFF |