アメリカのジュニアサッカーチームは「M&A」する!? 〜小さなクラブが大手クラブに合併・買収される仕組みと背景〜
こんにちは、テキサスのサカパパ Japa-ricanです!
6月中旬から妻子をテキサスに残し一カ月ほど仕事で日本へ一時帰国していたのですが、その間に私の9歳の息子が所属していたチームが、テキサス州の老舗クラブに吸収・合併されるという連絡がありました。8月から始まる新シーズンは新しいチーム名、新しいユニフォームで開幕です。アメリカでサッカーを始め5年ほど経った9歳の息子、すでに6チーム目となりました (笑)。
小さなサッカークラブが大手のクラブチームに吸収・合併される事象は日本では馴染みのないことと思いますが、スポーツビジネス大国で知られるアメリカでは、このようなチームの吸収・合併は頻繁に起こります。それはまるで企業の「M&A(合併・買収)」を見ているようです。
今回は、このアメリカジュニアサッカー界でよく起こる「サッカー版M&A:チームの吸収・合併」について、その仕組みと背景、メリットとデメリットを、現場の実体験も交えてご紹介しながら、ジュニアスポーツをビジネスチャンスと見るアメリカ社会の実情をご紹介したいと思います。
ジュニアサッカーでなぜ合併・買収が起きるのか?
アメリカのジュニアサッカー界では、小規模な強豪チームがより大きなクラブチームに吸収されるケースがよく見られます。その背景には、競技力の強化とブランド価値の向上、そして双方にとってのメリットが存在しています。
まず一つ目の理由は、強いチームを取り込むことでクラブの評価と競技力を一気に引き上げられるという点です。日本では、まずクラブに所属し、その中でのコーチやカテゴリー別のチームに振り分けられるのが一般的です。一方、アメリカでは「コーチが率いるチーム」が主役という側面が強く、コーチと数人の選手がいれば、いつでも誰でもチームを始めることができますし、選手たちはコーチに付き従う形でクラブを移籍することが珍しくありません。同一クラブ内でも、どのコーチによるチームなのかで評価や評判が分かれます。つまり、チームという単位が独立して動く文化があり、強いチームは“商品価値が高い”存在とみなされます。
私の息子が所属していたチームは熱血コロンビア人青年が2年前に立ち上げ、昨シーズンはU-9とU-10、合わせて30名ほどのみが活動していました。両チームとも昨シーズンはリーグ戦やカップ戦で好成績を重ね、息子所属のチームはついにはテキサス州U-9カテゴリーにおいてランキング1位に輝きました。するとこの夏、テキサス州の大手サッカークラブから「来シーズンからチームごとクラブに加入しないか」というオファーが届いたのです。
これは大手サッカークラブにとっては非常に理にかなった戦略でした。テキサス州ランキング1位のチームを自分たちのクラブの名前でリーグ戦やカップ戦に出場させ、好成績を残し続ければ、そのチームのみならず、所属するクラブの評価も一気に高まり、将来的により多くの入会者が期待できます。他のライバルチームからの注目も集まりやすくなり、有望な選手をさらに引き寄せることができます。そうすることでチームの競争力も上がり、クラブとしてのブランドも一層上がります。つまり、強いチームを“買収”することで、クラブの市場価値そのものを手早く高められるのです。
そして、この吸収によって恩恵を受けるのは大手クラブ側だけではありません。コーチや選手、保護者にとっても、多くのメリットがあります。
合併によるメリットとは?
息子が所属していたチームは、年代別のアメリカ代表選手だったという肩書に加え、子どもたちを惹きつけ指導力に定評のある熱血コロンビア人コーチがいるものの、クラブ規模としては小さく、練習場所や対外試合の選択肢に限りがありました。アメリカジュニアサッカーではクラブの規模や過去に積み上げてきた実績によって参加できるカップ戦などが決まることがあり、小さなクラブの場合、どんなに素晴らしいサッカーを展開していようとも、大規模なカップ戦や国際大会には招待枠やスポンサー支援などが少ない理由で参加できないという制約があります。
しかし、大手クラブに所属することで、より多くのリソースや機会が得られ、競技の幅も広がります。上位リーグへの出場、遠征機会の増加、カップ戦のレベルアップなどは、選手の実力を試すには最適な環境です。大学やプロを目指す選手にとっては、スカウトやリクルーターの目に留まるチャンスも広がります。また、大手クラブのコネクションを生かし、大学や最先端のトレーニング施設を使えるようになるようです(早速練習場が私立大学の天然芝のフィールドに変更されました)。こうした環境面の充実は、子どもたちの成長に大きなモチベーションとなるでしょう。
コーチにとっても収入の安定やコーチング・ライセンス取得のサポートを受ける恩恵が与えられたようです。サッカー指導のみで生計を立てていく目標を掲げる人たちにとっては願ってもないチャンスでもあります。
このように、チームを吸収することで得られる“ウィン・ウィン”の構造が、アメリカジュニアサッカー界での合併を後押ししているのです。
合併によるデメリットとは?
一方で、すべてがバラ色というわけではありません。合併にともない、クラブの方針や文化が変わることで、戸惑いや違和感を覚える家庭もあります。特に、小規模クラブ特有のアットホームな雰囲気や、自由な育成方針を好んでいた保護者にとっては、クラブ運営のためのルールや練習体系が一気に変わることにストレスを感じる場合もあります。実際、今回の吸収・合併を受け退団を選択した家庭も多く出ています。
また、費用面の変化も見逃せません。最大のデメリットは保護者の経済的負担が増えることにあります。大手クラブになると、クラブ登録費、遠征費、ユニフォーム代など、全体的な支出が増える傾向にあります。兄弟姉妹で複数人が在籍する家庭では特にその負担が重くなります。今回の合併に関して保護者から一番多く挙げられた質問は、やはり「年間でいくらかかるのか?」でした。
以前のコラムで紹介しましたが、アメリカでは13~14歳頃までに約7割のサッカー少年・少女たちがサッカーを辞めてしまうという統計があります。その要因の一つとして、高額になる活動費が挙げられます。大手サッカークラブに所属すれば、環境面の充実や豊富な対外試合といった恩恵はたくさんあるものの、親の身としては経済的負担を考慮すると現実的にどこまで投資できるかと真剣に考えなくてはいけません。
スポーツビジネスに潜む危険性
このようなサッカー版M&A現象を通じてあらためて感じたのは、アメリカのジュニアサッカーは「育成」の場であると同時に、「競争社会の縮図」でもあるということです。アメリカではジュニアスポーツがビジネスとしてしっかりと成り立っていて、それにより、サッカー少年・少女たちの育成よりも、ビジネスとして成功できるかどうかが重要視されてしまう危険性が常に存在しているのです。育成とビジネスを両立している素晴らしい組織も確かに存在していますが、日本の田舎町のサッカー少年団でサッカーを始め、中学、高校と部活動に所属していた私の経験からでは想像が追いつかない世界がアメリカのジュニアサッカー界に広がっているのです。
純粋にサッカーを楽しみ、一心不乱に夢を追い続けている息子を見ていると、親である私はただただ、息子にとって最善の環境を与えてあげたいと願うのみです。スポーツビジネス大国であるアメリカでは、「最善の環境」=「多大な出費や犠牲」を伴うことを意味することが多く、その環境の中であっても息子の夢や情熱を大人の都合で奪われてはほしくないと切に思います。
アメリカのジュニアサッカーでは、M&Aのようなチームの合併・買収が日常的に行われています。その背景には、競技力の向上、ブランド構築、経済的な利益追求といった「ビジネス」の視点が存在しています。そこを目指している若い指導者も多数存在しているでしょう。その環境下では、子どもたち一人ひとりにとっての最良の選択を見つけて守っていくことは、クラブ経営者や指導者よりも、私たち保護者の責任であるとされるのがスポーツビジネス大国のアメリカ社会であるように感じます。
これからもアメリカでサッカーを続けていくなかで、私たち日本人家庭が持つ「育てる文化」と「ジュニアスポーツはビジネスチャンス」と捉えるアメリカ社会の価値観とのバランスをどう取っていくかが問われていると感じています。今回の合併騒動は私に「子どもにとって最善の環境とは何か」を見極め続ける大切さを考えさせてくれています。