「早くから海外に挑戦できる環境を」日本で最も世界に近い高校サッカー部の取り組みとは
近年、プロアマ問わず、若いうちから海外でプレイする選手が増え、ここイングランドにも多くの日本人選手がいますが、高校在学中に、海外プロリーグの下部組織で練習するチャンスを得られる学校があるのをご存じでしょうか?
兵庫県の淡路島にあるAIE国際高等学校(通信制)に通う高校3年生3人が5月、イングランド・プレミアリーグ所属のフラムFC下部組織、ドイツ・ブンデスリーガ2部所属のフォルトゥナ・デュッセルドルフ下部組織の練習に、それぞれ参加しました。日本の高校生が欧州トップクラブ下部組織の練習に参加するチャンスを得た背景には、熱い指導者の存在がありました。
今回のコラムでは、選手と一緒にロンドン滞在中のAIE国際高等学校サッカー部代表の上船利徳さんにインタビューした内容をお届けします。
AIE国際高等学校(以下、AIE)サッカー部は2023年創部という新しいチームですが、2024年度兵庫県高校サッカー選手権大会では準優勝、全国大会出場まであと一歩に迫りました。それだけでなく、在学中の生徒を海外プロリーグの下部組織の練習に送り出すなど、多くの実績を出しています。
そんなAIEサッカー部を率いるのが、上船利徳さんです。
――上船さんが指導者として大切にされていることはなんですか?
「AIEサッカー部としての目標は“全国制覇”ですが、それはあくまでチームとしての目標。でも、僕にとって一番大切なのは、“一人ひとりの選手を成長させ、将来の可能性を引き出すこと”です。だからこそ、高校在学中でもプロ契約できるチャンスのある選手や、海外に挑戦できる選手には『どんどん出て行け』と伝えています。
うちの学校は通信制なので、在学中に海外に出ても学び続けられますが、普通の高校だとそういうことはできないじゃないですか。在学中に海外に行くチャンスがあったとしても、卒業まで待つか途中退学しなくてはいけないのはすごくもったいない。もちろん、選手自身がそれを望んでいるのならいいのですが、“海外で活躍するプロ選手”を目指すならば、チャンスが来たときにすぐに掴みに行ってほしい。そういう環境を作って選手をサポートするのが、僕の指導者としての役割だと思っています。
日本では選手権やインターハイが有名で、それに出場することに憧れる生徒も多く、監督としてはチームで勝つことももちろん目指しますが、それ以上に、選手個人の未来を優先したいんです」
――そもそも、なぜ高校サッカーの指導者になろうと思われたのでしょうか?
「僕は元々、明治大学でコーチをしていました。明治大学には良い選手が集まっており、多くのプロ選手を輩出していたのですが、プロへと進んだ選手たちには、サッカーが上手いだけではなく、常に意識が高く、素晴らしい人間性を持っているという共通点がありました。
そのことに気がつき、本気でプロになることを目指している選手であれば、しっかりと練習環境を整え、『プロになるために必要なこと=高い意識と人間性を持つこと』を伝えれば、高校生からでもプロを育てられる確信がありました。そのために、高校年代からプロになれる選手を育成する環境を作りたいと思ったんです。サッカーを生活の中心に据えられる環境を作るには、全寮制で通信制の学校が良いと考え、それを実現できる場所を探していたら、ご縁があって淡路島にたどり着きました。
また、日本には18歳から22歳の年代の選手を育成する場所が大学しかない印象が強い。フィジカル的要素はその期間に大きく成長する選手が多いのに、大学以外の選択がないと、選手はどこでトレーニングすればいいのか、という状況になってくる。大学に進学したとして、在学中に海外やもっと上のレベルに行けるチャンスが来たときに、卒業まで待たなければいけないのはもったいないですよね。
大学→Jリーグ→海外移籍、というステップを踏むことも、もちろん素晴らしいと思います。実際に、三笘薫選手はそのステップで成功されていますから。でも、早くから世界で活躍したいと考えている選手が、直接、海外のクラブに挑戦できる選択肢があってもいいですよね。今までの日本にはその選択肢がほとんどなかったので、そうした選手の可能性を広げられる環境を作りたかったんです」
――高校3年間はAIEで学んで、その後の選択肢として、海外に行けるようにというイメージですか?
「世界に行くのは早ければ早いほどいいんです。ただ、FIFA のルール上、18 歳にならないとプロのクラブに所属ができない、海外移籍ができない。だから18 歳の誕生日が来てから行くことになります。今回、うちの学校からフラムFCの練習に参加している選手の場合は、 4 月が誕生日でもう18 歳になっているので、彼にもしフラムからオファーがかかったら、すぐにイングランドに行くようにと伝えています。我々は通信制高校だから、海外からでも学び続けられるんです」
――AIEサッカー部の特長はどんなところですか?
「日本で最も世界に近い高校サッカー部だと自負しています。ドイツのブンデスリーガやイングランドのプレミアリーグのチームとのコネクションがあるので、無名の選手でもうちの学校で頑張って結果を出せば、世界に挑戦するチャンスを得ることができます。
練習環境も非常に整っており、2002年の日韓ワールドカップの際にイングランド代表チームのキャンプ場所として使用された兵庫県立の佐野運動公園のグラウンド(天然芝・人工芝・屋内練習場)で主に練習しています。
また、全寮制かつ通信制の学校なので、サッカー中心の生活ができるという環境も、プロを目指す選手にとっては大きな魅力になると思いますね」
――どうしてブンデスリーガやプレミアリーグのチームに選手を送り出せるのでしょうか?
「僕は大学卒業後にドイツ4部のチームで選手としてプレイしていたことがあるんです。その頃からのつながりを活かしています。また、プレミアリーグのチームとの関わりがあるのは、うちのコーチであるジェリー・ペイトンの存在が非常に大きい。彼は元アイルランド代表選手で、プレミアリーグのアーセナルFCやフラムFCでの指導経験があります」
――選手と共にフラムFCの練習に参加されて、上船さんご自身も何か感じることはありましたか?
「コーチや選手をはじめ、いろんな方から話を聞いていると、プレミアリーグのU18、高校生年代は通信制で学んでいる選手が多いそうです。こちらには“通信制”という言葉はないかもしれないですが、練習は基本的に平日の午前中に行われるので、いわゆる普通の学校には通っていない。
通信制高校のサッカー部は日本では珍しいと言われ、そのやり方に対して批判もあったんですが、僕としては、それぐらいサッカーにかけないと、世界のトッププロになることは難しいと思っていた。今回、ロンドンに来て、同じような環境でサッカーに打ち込む選手たちを見て、このやり方でよかったんだ、と実感できましたね。
とは言っても、練習を長時間やればいいというものでもなく、サッカーの練習自体は1日2 時間程度。大事なのは生活の中心にサッカーを据えることで、四六時中サッカーをする必要がある、ということではありません。
また、イングランドにはヨーロッパ系だけでなくアジア・アフリカ系、多様な人種の選手がいて、フィジカルレベルも多種多様。それを経験することが、早くから海外に出ることの大きな意義のひとつです。日本でそういう環境を作ることはなかなか難しく、国内でフィジカルの違いを選手に感じてもらうには、異なる年代の選手と一緒に練習することが必要になる。
僕たちは今、淡路島で高校サッカー部だけでなく、小中学生クラブから社会人チームも運営していて、各年代が縦断的に練習できる環境を作っています。
Jリーグで活躍することを目的とするならば、今までのやり方でも良いと思いますし、日本には日本サッカーのよさがある。けれど、世界で戦えるプロ選手になって、ワールドカップ優勝を狙うならば、今までと同じやり方ではなく、早い段階で世界を見る、知る、体験することが必要です。
今回、僕自身もフラムFCの練習にスタッフとして参加させてもらう中で、プレミアリーグでこの年代の選手に求められるスピードやパワーの基準、そこに到達するためのトレーニング方法などを知ることができたのは、とても大きな収穫でした。それを日本に持ち帰って、育成年代の選手たちに伝えていきます。本気で世界と戦いたい選手のための環境を整えて、日本のサッカーをもっと強くしていきたいです」
――英語などの言語については、選手の皆さんはどのように取り組まれているんですか?
「コーチにジェリーがいるように、英語を話せるスタッフがいるので、生きた英語に触れられる環境があります。世界を目指して高い意識を持っている選手たちは、自主的に英語を学びます。いくら学校でカリキュラムを作っても、本人の意識が低いと伸びませんから。サッカーを上達するにも、言語を習得するにも、やはり本人がどういう意識を持って取り組むかが1番のポイントですね」
――サッカー以外の点で、意識的に選手に伝えていることはありますか?
「例えばプロになったとしても、引退後の生活のほうが長いわけです。だから、サッカー以外の場所でも活躍できる、社会や組織に必要とされる人間形成を重視しています。監督や指導者、トレーナー、シェフ、動画編集者、ライター、営業、飲食、さまざまな職業や生き方がある中で、選手たちが自主的にやりたいことに出会えるよう、いろいろな可能性を考えられる環境を意識して作っています。うちの学校では、農業や味噌作り、選手による子ども向け運動教室なども実施しているんです。机上の勉強だけではなく、社会とのかかわりを通して、たくさんの学びを得てほしい。
実際、プロにはなれなかった選手もいますが、大学進学希望者の進学率は100%ですし、淡路島での経験を活かして社会で活躍する卒業生もたくさんいます。
何をやるにしても、ひとつのことに対して、どういうマインドで取り組むか、ということが大事。選手たちには、サッカーに対してはもちろんですが、全ての経験を自分のプラスに変えられるようなマインド、“自分で選んだ道を全て正解にする”意識を持ってほしいと思っています。
また、『先人たちへの感謝の心を常に忘れるな』と伝えています。今、世界で日本人選手が評価されているのは、中田英寿さんや本田圭佑さんのような方たちが早くから海外に挑戦し、その道を切り開いてきてくれたからですよね。そういう方々への感謝の気持ちを持ち続けることを大切にし、そして自分たちの後に続く選手たちのためにも、日本人として誇りのある振る舞いを常に心がけてほしいですね」
まとめ
AIE国際高等学校サッカー部は、通信制・全寮制という柔軟な学びの環境および海外クラブとのコネクションを活かし、在学中の選手を海外のプロクラブに挑戦させるなど、従来の日本の高校サッカーにはなかった新しい選択肢を提供しています。
指導者である上船利徳さんの思い描く、“選手一人ひとりの可能性を広げるための環境づくり”はこれからも進化し続けていくはず。AIE国際高等学校が創る新たな育成モデルに、今後も注目していきたいですね。
AIE国際高等学校サッカー部について詳しく知りたい方はこちらのHPをご確認ください。