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Jリーガーたちの原点 vol.02「権田 修一(FC東京)」

Jリーガーたちの原点 「権田 修一(FC東京)」

指導書を見ながら父親と二人三脚で練習した日々

FC東京のゴールマウスを守り、ロンドン五輪を戦うU-23日本代表、さらにはA代表にも名を連ねる権田修一は、生まれながらにしてGKになる運命だったのかもしれない。「子どものころの映像を探していたら、幼稚園のときにビブスを着てGKをやっている姿が残っていたんです。しかも、小さいなりに横に倒れ込んでセービングみたいなことをやっていたんですよね。さすがに記憶はないですけれど、自分でも驚きました」

権田曰く、幼少時の彼は元気が有り余っており、母親は手を妬いていたという。通っていた幼稚園にサッカークラブがあったこともあり、母親は権田の元気を発散させるため、幼稚園の年中になると同時に入団させた。「もう1つ理由があって、母親が、本かテレビで、チームスポーツは協調性を身につけられるなど、子どもの教育に良いということを知ったようなんです。それでサッカーをやらせようと思ったみたいで。だから今、僕がサッカーをしているのは母親のおかげですね(笑)」

数あるポジションの中から、権田は初めからGKを選んだ。GKに対する憧れを抱いた最初の記憶は、テレビで見た映像だったという。「覚えているのは1994年のアメリカ・ワールドカップで、アメリカ代表の正GKだったトニー・メオラ。金髪の彼が砂浜でセービングの練習をしている映像を見て、すごく格好いいなって思った記憶があるんですよね」

当時ならば、他の子どもはディエゴ・マラドーナやロベルト・バッジョに憧れていただろう。しかし権田は、まるでそれが自然の流れであるかのようにGKに憧れ、GKとして歩んでいった。小学生になった権田は、当時住んでいた鷺沼のサッカークラブに入る。今でこそ、ほとんどの少年チームにコーチや監督がいるが、彼が通った鷺沼SCは、少し事情が違った。「本当に町のクラブなので、コーチはOBがやっていました。それ以上に、選手のお父さん一人ひとりがコーチみたいな感じで、その中から監督も選ばれるという、そんなチームでした。当然、専門のGKコーチもいなくて、僕にとっての指導者は父親でした」

バスケットボールをやっていた権田の両親はスポーツへの理解はあったが、決してサッカーへの造詣が深かったわけではない。「今も実家にあると思うんですけれど、父親がGKトレーニングの指導書を買ってきて、それを見ながら二人三脚で練習していました。1つずつ、そのメニューに取り組んでいったんです。他には、先輩が選抜チームに選ばれたときに、その先輩の父親が練習を見に行って、そこでやっていたトレーニングを取り入れるなど、本当にすべてが家族ぐるみのチームだったんです」

OBはいるが、監督もコーチも父親たちだった。練習試合などでは、各チームからレフェリーを出すことが多いため、権田の父親は審判の資格を持っているという。まさに組織も活動も手作り。とはいえ、チームは決して弱かったわけではない。「当時は川崎で一番強かった。大会ではいつも優勝か準優勝。今、考えると、父親たちが監督、コーチという状況で、それだけ強かったというのも不思議ですよね(笑)」

父親だけでなく、母親もまた、権田にとって良きコーチだった。「小学3年生のときに川崎市の大会で、PK戦にまでもつれ込んだんです。僕がPK戦で相手のシュートを2、3本止めて勝利したんですけれど、チームメートに祝福されている姿を見た母親は泣いていました。僕は幼なかったので、母親が何で泣いているのか分からなかったんですけど、大人になってから振り返ると、すごく応援してくれていたんだなって思いますよね。その一方で、高学年になって全国大会に出場して負けたとき、失点を味方のせいにしてしまったんです。悔しくて泣いている僕に、母親は『なんで、あなたは人のせいにしているの?』って怒るんです。『GKなんだから、あなたが止めていれば勝てたでしょ。人のせいにするのはやめない』って。両親は、人を思いやれないような行動や発言には厳しかったですね」

GKは勝利のため、チームメートのため、相手の攻撃を防ぎ続ける。献身さがなければ務まらないポジションだ。権田は、GKに必要な資質を両親から教わり、学んでいったのだろう。

小学生のときは、リフティングも全然できなかった。
いつかできるようになるから、諦めずに続けてほしい

小学生時代はリフティングも苦手。練習することで克服していった

中学生のときに、世代別の日本代表に選ばれ、その後も各カテゴリーの日本代表でプレーしてきた彼だが、挫折も味わっている。 「中学2年生のときに初めてユース選抜に選ばれたんですが、3年生のときは、他にうまい選手が出てきたことで、代表に入れなかったんです。本当に悔しくて、悔しくて、泣きました。そのときコーチに、『現時点では負けているかもしれない。ここで負けを認めて、腐るのは簡単だけど、ここからがんばれば巻き返せる。絶対にやれるから信じてやろう』って言われたんです」

負けず嫌いだった権田は、そこからさらに練習に励んでいった。だからこそ、今の権田がある。そんな彼が、サッカー選手になることを夢見る子どもたちに伝えたいことがある。「小学生のときは、本当にサッカーしかできない子どもだったんです。足も遅かったし、鉄棒や器械体操も苦手。辛うじて前転ができるくらいで、鉄棒の逆上がりも5年生でようやくできるようになったくらい。得意なサッカーにしたって、リフティングも全然できなかった。成長や筋力の付き方は人それぞれ。だから今、できなくても諦めずに練習してほしい。小学生のときは、本当によくボールに触っていたし、リフティングの練習もすごいやった。いつかできるようになるから、諦めずに続けてほしい」

 子どものときに身につけた基礎は、大人になってからも自分を支えてくれる。それは技術的なことだけではない。権田は、子どものときの習慣が今もベースになっていると語る。「基本的によく食べて、よく寝ること。うちの方針は1日の力を100としたら、ちゃんとその日のうちに100を使い切って、また次の日を100で迎えるというもの。そのために食事、睡眠含め、規則正しい生活を送る。しっかり身体を動かして、ぐっすり寝て、次の日をまた元気に過ごす。今もそれは自分の習慣になっていて、連戦のときも、朝起きて午前中を有効に使い、規則正しい生活を送るように心がけています」

最後に、両親という最も身近なコーチに教わってきた彼に、親子関係のあり方を聞いた。「大切なのはコミュニケーションですよね。家族のコミュニケーションは本当に大事。うちは食事中、テレビを付けずに食べていたし、その後も、家族全員で一緒にテレビを見ていました。そうやって長い時間をともに過ごすことで見えてくることもある。他愛もないことでいい。たくさん話していれば、親も、子どもの些細な変化に気がつくと思うんですよね。普段、子どもと接する機会が少ない中で、何を考えているか分からないと言うのではなく、常日頃からコミュニケーションを取る環境を作ってほしい。そうすることで、練習の話やその子がサッカーで抱えている悩みにも気がつくと思うんですよね」

取材・文/原田大輔(SCエディトリアル)写真/藤井隆弘

2012年6月発行の2号掲載

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