【高校サッカー名将バイブル】平野直樹監督(履正社)-前編10年後の未来を見据えた指導とは?
高校サッカー部の監督は、サッカーに勝つことはもちろん、生徒の人間成長を担う立場にあります。「高校サッカー選手権」の華やかな舞台の裏には、そこに挑む指導者と生徒の数だけの汗と涙の物語が存在します。名将と呼ばれる指導者はいかにして、選手たちを成長させ、夢の舞台へと導いてきたのでしょうか?
このコーナーでは高校サッカーの名監督の指導方針、サイドストーリーを紹介。第2回は強豪ひしめく大阪で、常に優勝候補に挙がる履正社を率いる平野監督です。
高いレベルで勝負すべき時にその準備ができているのか
平野監督が指導者を志すことになった原点から教えてください。
「四日市中央工業高校から順天堂大学、そして松下電器でプレーしましたが、私自身がプレーヤーとして技術的な能力が高い選手ではありませんでした。『もっと上を目指すためには技術のベースを上げなくてはいけない』という現役時代の反省点がありましたので、今は子どもたちに技術のベースを大事にした指導を心がけるようにしています」
まずは技術ありきだと?
「そうですね。ボールを蹴る、止める、運ぶの技術はサッカーの実戦のなかで必要なことです。これらと基本戦術を身に付けていかないと、次のステージに上がった時に厳しくなると思います。世界と日本の差は、根本的には基本的な技術の差だと思っています。果たして50メートルの距離をキチッと蹴られる選手が日本にどれだけいるのか。クロスの精度もそうです。もっとハイテンポなプレーでも通用する技術を、高校生にはしっかりと身に付けていただきたい」
高校年代でも基本の徹底が大事ということですか?
「プレッシャーがなければできる選手はたくさんいるんですよ。例えばW杯が開催される度に育成に関する議論が持ち上がります。でも、我々がサッカーを教えていくなかで、常に10年後の日本のサッカーの予測を立ててやっていかないと、W杯の後追いばかりになってしまいます。今後、サッカーがもっとスピーディになり、より正確に、より連動した動きが求められる時に、彼らがそこで勝負できるのかということです。技術もそう、運動量もそうです。高いレベルで勝負しなくてはいけない年代になって、初めて気付くのでは遅いんです。だからこそ、この年代で正確な技術をしっかりと高めていかなくていけません」
ひけらかす技術ではなく、その状況に合った技術
高校年代では判断力も求められてきますね。
「そうです。その大会や試合またゲーム中などあらゆる局面で状況判断できる力、ボールのないところでの判断力、それらをひっくるめて“フットボール”ができる選手になってほしい。ロシアW杯では『時間稼ぎ』などと騒がれましたが(※グループリーグ最終節でのポーランド戦で、日本は終盤で負けていたが、フェアプレーポイントでの勝ち上がりを狙い、ボール回しに終始した)、その是非を問うのではなく、勝つために何が効果的なのかということです。例えば決勝トーナメントでベルギーのカウンターを受けたとき、コーナーキックに対する議論もありましたが、もっと勝利に対するしたたかな判断力も必要になってきます。まずはジュニアやジュニアユース年代では基本技術、基本的な判断力、基本戦術を大切にしていきたいですよね」
判断力を養うためにはどのようにすればよいでしょうか?
「サッカーの目的であるゴールの奪い合い、ボールの奪い合いといったことを理解し、そのために必要となる情報を得るために、アイコンタクトや、身体の向きなど、まずは見ることで判断できるようになることです。そして動き出すタイミングや、判断を実行する技術を磨かなくてはいけません。効果的なプレーをするために、いつ一生懸命やるのか、その『いつ』が分からない選手が非常に多いように感じます。ワンタッチでプレーできるタイミングで行けばいいのに、早く入りすぎてドリブルをせざるを得なくなったり、そこの“タイミング”が日本人は全体的に少し早すぎるような気がします。ひけらかす技術ではなくて、その状況に合った技術が必要ということです」
履正社として理想としているサッカーとは?
「ワンタッチ、ツータッチでボールを動かし、数的優位を作ることが大切だと思っています。『シンプルプレーの連続』と選手には言っていますが、しっかりボールを止める技術と、それが上手くいかなかった時にやり直す技術があった上で、それを実行するための判断力がすごく大事になってきます。世界を見据えた場合、ラフなゲームになると小柄な日本人が海外選手と戦っていくのは難しい。190cmオーバーがザラにいる欧州の選手と、自陣のゴール前で勝負されるのではどうしても分が悪いです。だったら、そこでの勝負ではなく、足元の技術、前からのプレッシングでボールを奪う技術が重要になります」
サッカーに限らず、欧米の選手とのフィジカル差はどの競技でもありますね。
「高さ、パワーに関してはね。でもサッカーってそれがなければできないのではないんですよ。ないものねだりじゃなく、活路を見出す努力も必要です。逆に前から連動してプレッシングしていけば、外国人選手は嫌がるものです。そういうところも日本の育成年代の指導者が協力してやらないとね」
日進月歩で進化するサッカー。10年後にこの子たちが置いて行かれないように
最近の高校サッカーはハイプレスで前からボールを奪い、プレッシングを軸に強度の高い守備を構築しているチームが勝利する傾向にあります。
「そうですね。これは時代の流れです。バルセロナみたいにボールをつないできちんとビルドアップして、ポゼッションで支配するチームがでてきた。今度はそれを構えて待つのではなく、前から取りにいくことで、相手の良さを消すチームができてくるようになりました。今後は前からのプレッシングをかいくぐるために、GKがゲームメイクをするようになるかもしれません。一部ではすでにそんなトライをしてきていますよね? それぞれがバージョンアップしながら、サッカーは日進月歩で進化しています。そこで我々指導者が、時代の潮流を敏感に感じ取り、未来のサッカーがどうなるかを予測しながら、次につなげる指導をできるのか。10年後にこの子たちが世界で置いていかれないようにしないといけません」
今の結果だけにこだわるのではなく、未来を見据えた指導ということですね。
「それは僕ら育成に携わる指導者にしかできないんじゃないですか? Jリーグの監督、代表監督には結果を出さないといけない現実があります。しかし我々はこの子たちが25歳になるときに世界のサッカーがどうなっているのかと、先見の明をもって取り組んでいく必要があります。日本国内で勝つだけならいいです。でも、将来的に海外でも戦える準備をし、育成年代からトライ&エラーができるよう、日本のサッカーを強くしようとみんなが旗を掲げて協力しているわけですよ。ジュニア、ジュニアユースの指導者から、我々もタスキを預かっています。ジュニアで基本的技術を学び、ジュニアユースで戦術的な要素も取り入れ、ユースではよりスピーディ、よりインテンシティの高いなかで判断力を含めて鍛えていく。ユース年代までにこれらを身に付けることができれば、プロになっても代表選手になっても、そのレベルでやるのが当たり前になるはずです。欧州に行ってカルチャーショックを受けているようでは困ります」
サッカーにおける学校教育の重要性や、母親にどのようなサポートをしてほしいかなどをお伺いしたインタビュー後編はこちらから。
★平野直樹監督(履正社)-後編 「人」としての土台づくり