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ガンバ大阪“伝説のスカウトマン”が語る、成功する選手が持つ正しいマインドの育て方とは?

ガンバ大阪“伝説のスカウトマン”が語る、成功する選手が持つ正しいマインドの育て方とは?

数々の名選手を輩出してきたガンバ大阪で長きにわたりスカウトを務め、同アカデミーで選手の発掘・育成に貢献してきた二宮博氏。Jリーグ発足当初から数多の選手を見出してきた伝説のスカウトが語る、スター選手が育つ環境の作り方や、成功する選手が持つマインドの共通点とは?

中学教師からJクラブのスカウトへ

-教育者を最初に志した経緯を教えてください。

「中学と高校で出会った体育の先生がいて、そのお二方に憧れて『こんな先生になりたい』と思ったのがきっかけです。2人目の方は現役時代に全国高校選手権で準優勝だったり、日体大でレギュラーを張っていたりとサッカーの実績がある方で、一緒にボールを蹴っていました。それまでは専門のサッカーの指導者に教えていただいたことがなく自己流でやっていましたが、高校でその先生と出会って感銘を受け『体育の教員になりたい!』と決心したのを覚えています」

-それから教員になられてサッカーの指導をされていたわけですね。

「愛媛県の教員のチームでプレーしていたのと、愛媛県や四国のトレセンのスタッフにも入っていました。当時のトレセンでは後の日本代表となる福西崇史氏や山口智氏(湘南ベルマーレ監督)が選手として在籍していて、一緒に活動していました」

-1993年のJ リーグ発足に伴って教師からスカウトに転職されましたが、その転機はどういったものでしたか?

「ちょうどJ リーグに移行する前の頃、トレセンのスタッフだった関係で、指導者ライセンスを取るチャンスをもらうことができました。B級(当時はS 級がなかったため、現行のA級にあたる)の研修で、日本代表の主将を務めた前田秀樹氏(東京国際大学監督)や長澤和明氏(ジュビロ磐田初代監督)、鈴木満氏(元・鹿島アントラーズ強化部長)といった日本のトップ指導者となる方々と寝食を共にするうちに私も仕事に興味が出てきたんです。

当時は中学の教員の仕事もあって専門的にサッカーの仕事をできるわけではなく、転勤する学校によってはサッカー部がない所もあるような環境にいました。そういった中で、もっと大好きなサッカーに専念できるのであればと、声をかけていただいた当時の松下電器産業サッカー部(ガンバ大阪の前身)のスカウトとして働くことになりました」

『育成のガンバ大阪』の礎を築く

-スカウトとして働かれる上でどんなことに注力されていましたか?

「初めは高校、大学を対象としたトップチームのスカウトでしたが、その後小学6年生や中学3年生を扱うアカデミーのスカウトになりました。高校・大学から選手を獲るよりも、アカデミーでスカウトして育成を内製化していく方が長期的視点では望ましい。ちょうどその頃にアカデミーでスカウトしたのが、宇佐美貴史選手(ガンバ大阪)や昌子源選手(鹿島アントラーズ)、鎌田大地選手(伊SS ラツィオ)などでした。トップのスカウトよりも視察する層が広いので、中長期的なスパンで『浅く広く』さまざまな選手を見ることができたのは私の強みかなと思います」

-教員の経験から活きていたことはありますか?

「ガンバ大阪のユースができた当時、制服がありませんでした。高体連と一緒の大会に出た時などに、みんな私服で来るので格好がバラバラだったり、長髪の子もいたりと規律が整っておらず、周りのチームの指導者から『人間教育ができていない』と言われることもありました。教員の経験上、選手である子どもたちがサッカーだけできていればいいわけではないということは分かっていたので、『これではいけない』と周りからの提言を逐一会社の方に伝えていました。外面的な部分から乱れて信頼を失って、選手が獲れなくなったらスカウト的にも死活問題ですから(笑)。そういうスタートでしたね」

-選手の進路指導もされていたのだとか。

「ユースからトップチームに上がれるのは、多くても学年で10人の中から2、3人ですよね。残りの7、8人は目標としていたガンバのトップには上がれないわけです。ジュニアユースからユースに上がれない選手も同じで、本田圭佑氏(ガンバ大阪ジュニアユースから石川県の星稜高校へ進学)や鎌田大地選手(同じく京都府の東山高校へ進学)がそれにあたりますが、その選手たちの進路指導をしていたのは実際にスカウトした本人であって責任者の私です。

ガンバでのトップ昇格に懸けて、毎日遅くまで練習してきた選手に酷な宣告をする日というのは、私からしても一年で一番辛い日でした。もし、このような選手のフォローをせずにいたら、選手や地域にそっぽを向かれて、『選手が来てくれなくなる』という危機感を常に持って仕事をしてきました。人を大事にしていくことで、地域からも『選手を預けられる』クラブという信頼をちょっとずつ得ていき、関西中から選手が来てくれる仕組みとなっていったのです。

選手の基準が上がるジュニアユースの3年間

-ガンバジュニアユースを経て、日本代表で結果を出している選手が多数存在します。この中学3年間でどのようなアプローチをしていたのでしょうか?

「当時のガンバのジュニアユースは、まさに関西選抜と言っていいレベルでした。本田氏、鎌田選手、堂安律選手(SCフライブルク)などがジュニアユース出身ですが、衝撃的な選手と中学3年間を共にすることが大きいのだと思います。ジュニアユースは練習が終わってから、ユースの練習を至近距離で見ることができるんですね。これらの環境で3年間を経験して、どんな強豪校に行ったとしても、『テクニックは十分通用するな』と感じると思うんです。

鎌田選手のお父様からも、『ガンバでの3年間は大きかった』と言っていただけました。これも当時の競走仲間やレベルの高い環境で培ったベースの部分が大きいんじゃないかと思います。そういった成功体験があったので、選手たちには『無理してガンバのユースに上がれなくても、高校や大学を経由してまたガンバファミリーに帰って来い』とクラブを代表して伝えていましたね」

-著書『一流の共通点 スカウトマンの私が見てきた成功を呼ぶ人の10の人間力』(徳間書店)の中で、二宮さんが考える“正しいマインド”が良い選手のベースに絶対にあると書かれていますが、そのマインドを中学3年間で築けた選手が羽ばたいている?

「そのマインドに対しては、我々指導者は特別なアプローチはしていません。ですが、ガンバのアカデミーから宮本恒靖氏(日本サッカー協会理事)、稲本潤一選手(南葛SC)が早い段階でワールドカップに出たという模範となる成功事例があって、その育成経験のある指導者が次の世代の選手に伝えるんですよね。そういうマインドの持って行き方やモチベーションの上げ方が上手かったのだと思います。

さらに西野朗監督(2002-2011 年まで指揮)時代に、2005年にJ リーグで優勝した際にも、トップチームだけでなくクラブ全体として意識がガラッと変わったんですよね。西野さんがクラブの哲学を作って、ユースがトップチームと同じサッカーをするようになりました。今でもトップとユースで同じサッカーをするチームというのは少ないと思いますが、そういう方向性を打ち出したことによって、『ガンバのアカデミー生はこれくらいの選手じゃないとアカン』と。こういう点から自然とモチベーションやマインドに変化があったのではないかと思います。

その中でも伸びて行く選手には共通点があって、本田氏、鎌田選手、堂安選手はそれぞれ中学や高校時代にキャプテンを経験しています。若いうちにリーダーシップを執る経験をすると、選手側の立場も指導者側の立場もわかるようになって、視野が広くなることで人としての成長も見込めるんです。そうすると『もっと頑張らないとアカン』と、選手としての成長にもなるわけです。そうしたところから考え方や心の持ち方という人間的な成長を遂げて、選手としても開花していくのだと思います」

2022年カタールワールドカップでは、二宮氏の薫陶を受けた鎌田大地(左)と堂安律(右)がチームをけん引する活躍を見せた。

-高校生に向けてアドバイスをお願いします。

「今日本のサッカーで注目されている選手は、高校から大学を経由してプロになった方が多いと思います。それは大学4年間で、クラスメイトやゼミ、講師の先生など幅広い方と出会って、多様性が生まれるからだと思うんですよね。今までだったら、『海外に行くなら早い方がいい』というのが当たり前でしたが、三笘薫選手(筑波大学経由で川崎フロンターレに加入、24歳で渡英し、ブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンFC所属)のように、そんな通説を覆すような活躍をする選手もいます。もし高校でプロから声がかからなくても、大学で4年間の経験を積んでからでも十分チャンスがあると思います」

二宮博さん

二宮 博さん(NINOMIYA HIROSHI)

1962年、愛媛県生まれ。中京大学卒業後、公立中学の保健体育教諭として10年間勤務。1994年からJリーグ、ガンバ大阪のスカウトとして多くの選手の発掘、獲得に携わった。その後は育成組織であるアカデミー本部長などを歴任。組織の充実などに努め、「育成のガンバ大阪」の礎を築いた。2021年、定年を前にガンバ大阪を退社し、自らがスカウトした元Jリーガー、嵜本晋輔氏が代表を務め、ブランド品の買取や販売事業を手掛けるバリュエンスホールディングス株式会社に入社。社長室シニアスペシャリストとしてスポーツ関連事業に携わるほか、大学や企業で講演活動などを行っている。神戸国際大学客員教授。『一流の共通点 スカウトマンの私が見てきた成功を呼ぶ人の10の人間力』(徳間書店)を上梓。

写真/Getty Images