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【高校サッカー名将バイブル】仲村浩二監督(尚志高校)-前編

高校サッカー部の監督は、サッカーに勝つことはもちろん、生徒の人間的な成長も担う立場にあります。年末年始の風物詩・高校サッカー選手権の華やかな舞台の裏には、そこに挑む指導者と生徒の数だけの汗と涙の物語が存在します。「名将」と呼ばれる指導者はいかにして、選手たちを成長させ、夢の舞台へと導いてきたのでしょうか?

そこで、このコーナーでは高校サッカーの名監督の指導方針、サイドストーリーを紹介。第1回は今年の第97回高校サッカー選手権で尚志高校をベスト4に導いた仲村浩二監督です。

サッカーの成長=人間力の成長

指導者を志した理由は?

子どもの頃から抱いていた夢は、選手としてW杯に出場することでした。本当にサッカーが大好きで、将来ずっとサッカーに携わって生きていきたかった。でも、当時は国内にプロがなかったし、何を仕事にすればいいのかを考えたときに、『教員なら永遠にサッカーに携われる』と考えたんです。そこで習志野高校の恩師の本田裕一郎先生(現流通経済大学付属柏高校監督)のような指導者になることを思い描き、将来教員の資格を取ることを考え順天堂大学に進学しました。

順天堂大学時代はチームメイトの名波浩氏(現ジュビロ磐田監督)と共にバルセロナ五輪予選に選出された仲村監督ですが、当時から将来的に指導者になることも考えていたのですね。

僕は練習することに『理由』がほしい性質なんです。だから、いろんな指導者から教えてもらったトレーニングメニューを家に帰ってから、すべて図解して書き記していました。『このトレーニングは何を意識すればいいですか?』とさまざまな指導者に聞きに行って、その回答もすべて記していたんです。面白いと思ったことはすべてメモに残していました。例えばJチームに勉強させてもらいに行った時も、置いてあるマーカーを見たら、何歩分の感覚で配置されているのか測っていました。そんな変なヤツだったんですよ(笑)。現役の時から疑問があったのですが、社会人チームで週1回しかみんなが集まらないのに、走らされる意味が分からなかった。セットプレーなどみんなが集まるからこそできることをやるべきで、走るのは各自でやればいいじゃないですか。教員となっても、自分も生徒も、納得して楽しいトレーニングができればとずっと思っていますね。

1998年に尚志高校サッカー部の監督に就任され、わずか3年で新人戦でチームを優勝に導きました。早々に結果を出されたのも、選手時代から書き記したノートの賜物だった?

どうでしょうか(笑)。就任当初は生徒たちも本当にやんちゃでね。当時は僕もサッカーで勝てば『何かが変わる』と思っていて、勝つことばかり考えていました。とにかく勝て! と。サッカーで勝つことでしか何も証明できないと思っていました。

その考えは、指導を続ける過程で変わっていったのですか?

そうですね。最初の数年で新人戦優勝、東北大会3位と成績を残し、勝利至上主義の方針を貫いてきました。しかし、指導から9年を経ても全国大会の舞台に一度も立てていませんでした。そこには僕の指導方針に限界があったのでしょう。本田先生から何度もアドバイスを伺い、サッカーだけでなく、挨拶や掃除など“人間力”を磨いて行かないと、人は成長していかないことを教えていただきました。サッカーで勝つことだけの方針から、少しずつ指導の方向性・視野を広げていった結果、選手権に初出場(第85回大会)することができたんです。そうして全国に行けるようになってくると、今度は選手から『感謝の気持ち』が芽生えてくるんですよ。サッカーの成長=人間力の成長ということが分かりました。今、必ず言うことは、『高校サッカー選手権は負けたチームによって支えられている』ということです。埼玉スタジアムで表彰式の準備をしてくれたり、ボール拾いをしてくれているのは、すべて負けたチームがやってくれているんですから。

染野唯月
今回の選手権で大ブレイクした染野唯月が新3年生となり、チームは再び「全国制覇」を目指す。

尚志を支援してくれる“応援の輪”が広がり続けている

選手を指導していく過程で、仲村監督ご自身も学ぶことがあったということですね。

本当にそうです。その意味では就任当初の生徒たちには自分の指導が至らず申し訳なく思っています。サッカーしか教えてあげることができなかった。僕も現役を退いて、そのまま教員になったので『勝つことで成長できる』という発想でしたが、そうじゃないんですね。“人間力”がつくから勝てるようになるんです。昔は技術では勝っていてもメンタルの部分で後半に崩れて試合に負けることがよくありました。『うちの方が強いのに…』と。そこで本田先生にお聞きしたら『竹ぼうきを一本買え』と。学校を毎日掃除して、『学校から応援されるようなチームを創るんだ』と教えていただきました。今では毎日の自転車置き場の整理、入試時の雪かき、それらのすべてをサッカー部がやっています。そうしていく内に他の部活の生徒からも応援されるようになり、相乗効果のように勝てるようになっていったんです。

今回の高校サッカー選手権(第97回大会)準決勝では、尚志高校の全校応援として、埼玉スタジアムには無数のバスが応援に駆け付けていましたね。

バスは総勢40台ほどになりましたね(笑)。今回は尚志以外にも福島県の高校が15チームほど来てくれました。いつもは県内のライバルなのですが、福島が一つになって応援してくれたんです。

それはすごいことですね。

感動しましたよ。全校応援はもちろんありがたいことなのですが、ライバルのチームが『応援に行こう!』と声を掛け合ってくれたらしいです。本田先生から『応援されるチームになれ』と言われ、コツコツ積み上げていくことで、それが他の部活生、全校応援、地域の方々、他方のライバルまで広がって行ったんです。勝つためのアプローチの仕方っていっぱいあると思うんです。でも『高校サッカー』というものは、挨拶や礼儀から始まり、仲間とともに切磋琢磨して勝利を目指すものなのだと思います。

チームスローガンとして『PRIDE OF SHOSHI』がありますが、指導方針として人間的な成長にも重きを置くようになった頃に掲げられたのですか?

そうですね。平野伊吹らが在籍した世代で、選手権に3年連続で出た2年目になります。当時はまだ、全国制覇を本気で考えらるようなチーム力ではありませんでした。でも本気で全国のトップを目指すというのであれば、トレーニングの強度を上げるぞと言った時に、彼らはこう言ってくれたんです。それは......