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Jリーガーたちの原点「川口 能活(SC相模原)」

Jリーガーたちの原点「川口 能活(SC相模原)」

正GKの試合欠場により守護神・川口が誕生

2016シーズン、川口能活はJ3リーグのSC相模原でプレーしている。昨シーズンはJ2のFC岐阜に在籍していたが、ケガの影響もあって十分な出場機会を得られず、契約期間満了で退団した。今年8月には41歳を迎える川口。選手寿命の長いGKのポジションとは言え、そろそろ「引退」の二文字を意識してもおかしくない年齢になるが、真っ先にオファーをくれたSC相模原での現役続行を決意し、新たな挑戦を続けているのだ。

180cmとGKとしては決して大柄ではないが、軽快な身のこなしと鋭い反射神経を武器とし、何より大舞台や逆境では驚異的とも言えるほどの勝負強さを発揮する。1996年アトランタ五輪でブラジルを撃破した「マイアミの奇跡」の立役者となるなど、印象的な活躍を何度も披露し、日本代表の一員として4度のワールドカップに出場した「炎のGK」は、どのようにして形成されたのだろうか。

川口がサッカーを始めたのは9歳の時。「もともと2歳年上の兄がサッカーをやっていて勧められました。それと何より『キャプテン翼』の影響が大きかったですね」。始めた当初は「試合に出れるかどうか微妙な立場のFW」だったというが、10歳の時に転機が訪れる。「ある練習試合でGKだった子が休んで、僕が代わりにGKをやったんです。僕が立っているところにたまたまシュートが飛んでくるような感じでその試合に勝つことができて、そこから僕がGKになりました。監督から『これからお前がGKな』と言われて。自分から選んだというより、『なってしまった』感じですね(笑)」

進んでなったわけではなかったが、川口少年はすぐにこのポジションを気に入る。「うちのチームはフィールドプレーヤーのユニフォームが緑と黒の縦縞で、よく『スイカチーム』と言われていたんです。その中で、GKのユニフォームは赤。まさにスイカじゃないですか(笑)。その赤がすごく目立っていたので、カッコいいな、と思いました」。誰よりも目立つポジションを手に入れた川口少年は、メキメキと実力を伸ばしていった。

強豪中学へ越境入学、母が毎日サポート

出身地である静岡県富士市の選抜チームに入るほどの実力者となった川口だが、地元の中学校はサッカーがそれほど強くはなかった。そこで、強豪校として知られる東海大学第一中学校への進学を決意する。

東海大第一中への進学は、同校に子どもが通っていたという選抜チームのコーチの勧めがあったという。実際に通い始めてからは、家族、特に母親のサポートが不可欠な状況となった。「富士市から学校がある静岡市までは、同じ静岡県内ですけど少し距離があって、電車で1時間ぐらいかかるんです。朝は早起きしなければならないし、帰宅も夜遅くになってしまう。そんな僕のために、母は毎日、早起きしてお弁当を作ってくれて、僕を学校に送り出してくれました。ときには母が最寄りの駅まで車で送ってくれたこともありました。大変な時期もあったけれど、母の協力があったからこそ、中学時代をサッカーに打ち込むことができたと思っています」

東海大第一中では1年次からレギュラーとなり、3年連続で全国中学校大会に出場。2年次には全国制覇を成し遂げる。一見すると順風満帆に見えるが、実は中学時代にサッカーを辞めようと思ったことがあったという。

「上の学年のチームでプレーしていたんですが、失点したり負けたりして、その責任が僕に押し付けられることがあったんです。そのときは本当に辛くて、サッカーを辞めたいと思いました」。そんな川口を押しとどめたのは、母の一言だったという。「辞めたいという相談を母にしたら、そこで怒られることなく、『大変だったら辞めてもいいよ』と言われたんです。それで逆に『まずいことを言ってしまったな』と目が覚めました。怒られていたら、本当に辞めていたかもしれない。そこで踏みとどまれたのは、母の言葉の力が大きかったですね」

大変な時期もあったけど、母の協力があったからこそ、中学時代をサッカーに打ち込むことができた

本領は発揮できなかったが多くを学んだ欧州時代

清水市立商業高校(現・静岡市立清水桜が丘高校)に進学した川口は、ここでも1年次から守護神として活躍。3年次には主将として第72回全国高等学校サッカー選手権大会に出場し、全国制覇を経験した。1994年に鳴り物入りで横浜マリノス(現・横浜F・マリノス)に加入すると、1年目こそ元日本代表GK松永成立の後塵を拝したが、2年目からレギュラーに抜擢され、Jリーグ新人王のタイトルを獲得する。2001年にはイングランド2部のポーツマスと契約を結び、日本人GKとして初めて欧州移籍を果たすことに。実はこの欧州移籍、本人は小学生時代に「予言」していたというのだ。「僕自身は覚えていなくて、母から聞いた話なんですが、小学5年生ぐらいの頃に『いつかドイツでプレーしたい』と言っていたらしいんですよね。当時、静岡では朝早くから『三菱ダイヤモンド・サッカー(海外サッカーの試合を前後半2週に分けて放送していたテレビ東京のサッカー情報番組)』が放送されていて、ブンデスリーガの試合を見た時に『いつかここでプレーしたい』と言ったらしいです(笑)」

漠然と描いていた幼少期の夢が現実のものとして見えてきたのは「五輪を経験した後ぐらい」。アトランタ五輪でロナウドやリヴァウド、ロベルト・カルロスらを擁するブラジルと対戦し、28本ものシュートを浴びながら零封した「マイアミの奇跡」によって川口の評価は一気に高まり、欧州への挑戦権を手にしたのである。DF陣とのコミュニケーションが必須なポジションだけに苦労が絶えず、残念ながら十分な実績を残したとは言い難いが、「大変なこともいろいろありましたが、多くのことを学べたので、自分としてはプラスに捉えています」と当時を回顧する。

僕自身もサッカーを楽しみたいしみんなにも楽しんでほしい

ポーツマス、ノアシェラン(デンマーク1部)を渡り歩いた後はジュビロ磐田に加入し、9シーズンにわたってプレー。FC岐阜を経てSC相模原に移籍したのは上述のとおりだ。磐田への移籍以降は09年の右脛骨幹部骨折や12年の右アキレス腱断裂、15年の右ひざの故障などで何度も長期離脱をしているが、不屈の闘志でそれらを乗り越え、今なおプロとしてストイックな日々を送っている。若い選手の多いSC相模原ではチームキャプテンも務めており、「他の選手の意見を聞きつつ、改善すべき点をアドバイスしています。厳しく言うべき時はそうするし、チーム全体が戦う集団になれるようにアプローチしていきたいですね」と闘志を燃やしている。

数々の難局を乗り越え、今なお現役にこだわる川口能活。最後に、サカママと子どもたちにこんなメッセージを送ってくれた。「子どもたちには将来、サッカー選手を目指してほしいし、もっともっとサッカーを好きになってほしいですね。サッカーは楽しいスポーツなので、僕自身も楽しみたいし、みんなにも楽しんでほしいと思っています。お母さんたちは、お子さんがサッカーに集中し、楽しめる環境を作ってあげてください」

文/池田敏明 写真/奥西淳二

2016年10月発行の18号掲載

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