Jリーガーたちの原点 vol.06「高橋 秀人(FC東京)」
取材・文/宮坂正志(SCエディトリアル) 写真/藤井隆弘
下手だったからこそ何度も練習し工夫を重ねながら技術を身につけた
「小学1~2年生の頃はすごく人見知りで、泣き虫な子でしたね」
FC東京でボランチとして活躍し、現在はアルベルト・ザッケローニ監督率いる日本代表にも選ばれている高橋秀人は、当時の自分をそう振り返った。彼は小学生でサッカーを始めたが、それは自らの意思ではなかった。
「幼稚園の頃から仲の良かった友だちが、地元の伊勢崎SFCイレブンというサッカークラブに入るということで、誘われて一緒に入りました。最初はチームでも一番下手だったので、試合にも出られず、サッカーがつまらないなと思ったこともありましたよ」
そう言って高橋は苦笑いを浮かべたが、その悔しさが返って彼のヤル気に火を付けた。
「当時チームでは、“しなやかさと切り返し練習”と呼んでいましたが、足の裏を使ってボールを扱う練習項目が10個ありました。それぞれ10回ずつ、計100回を必ず練習前にやることが決まり。最初の1時間半くらいは、ずっとその練習をするんです。途中の5回目くらいで失敗したら、他の子はトータルで10回やって終わらせるのですが、僕は必ず10回成功しないと気がすまなかった。だから、みんなが次の練習に進んでいても、完璧を求めて余計にもう1回やったりして、他人よりも積み重ねる回数は多かったですね」
うまくなるためには、とにかく繰り返す。当時、何度もトライして体に染みついた技術は、プロになった今でも得意技のひとつだ。
「当時のコーチが、遊びでヒールリフトをやって見せてくれたのですが、そのときは誰もできなくて、それ以来みんなやらなくなった。でも、僕は誰もできないことができたら格好いいなと思って、家で何回も練習したらできるようになったんです。そのときに、失敗をどう成功に結びつけるかという工夫とか、自分なりの集中の仕方を身につけられたので、それは今も役に立っていると思います。自分なりの感覚やコツがあって、自転車の漕ぎ方と同じように感覚が体に染みついているので、ヒールリフトに関しては、たぶん僕はJリーグでNo.1だと思いますよ(笑)」
努力したことは、必ず実を結ぶ。技術を身につけた高橋は、徐々にチームの中心選手となり、ますますサッカーにのめり込んだ。
「最初は試合に出られず悔しかったですが、4年生くらいで試合に出られるようになり、その後は上級生のチームでもプレーできるようになりました。その頃は、純粋にサッカーが楽しくて、もっとうまくボールを扱えるようになりたいと思っていましたね。体を動かしてチャレンジする回数が少なければ、技術を修得することはできません。ひたすら色々な角度からアプローチし、やりながら考えて工夫していく。プロになった今でも、小学生の頃みたいにミスを恐れず、無我夢中でボールと一体になる感覚は大事だなと思います」
本人が絶賛する高橋家の“食育”がプロ選手としての体の基礎を作った
加えて、まさに“食育”ともいえる、お母さんの手料理は大きな支えだった。
「煮物やサラダはすべて手作りで、今の子どもがあまり食べないような料理も、ちゃんと作ってくれましたね。お陰で、当時も今も好き嫌いはありません。お弁当も手作りで、夏は食べやすいようにと、うどんやそうめんを、めんつゆとともにクーラーボックスに入れて持たせてくれました。冬もおでんや豚汁などを差し入れてくれました。コンビニの味付けが悪いとは言いませんが、朝起きて愛情のこもったものを高校時代まで作ってくれていたので、本当にすごいなと思います」
甘い物やスナック菓子を食べたがる子は多いが、当時からハンバーガーなどのファストフードも含め、まったく口にしなかった。
「菓子パンとかお菓子はほとんど食べたことがないんです。今でもスナック菓子やファストフードは食べないですし、コーラなども自分からは飲みません。お菓子を食べる際、我が家では親に『食べていい?』と聞かなければ食べてはいけないというルールがありました。でも、おやつにヨーグルトを出してくれたり、大学芋などを作ってくれていたので、特にお菓子を食べる必要がなかったんです」
スポーツ選手にとっては、食生活もトレーニングの一部。食事が体を作り、正しい食習慣がライバルたちに差をつける要因となる。
「食卓ではミネストローネやきんぴらゴボウ、筑前煮、ひじきと大豆の煮物など、煮物や豆類、魚料理が多かったですね。今でも、外食のときは煮物やおひたしなどの小鉢がないとダメ(笑)。今の子どもは赤や黄色の野菜が食べられないとか、だしの味がわからないとか聞くので、保護者の方には、そういう野菜や煮物料理も作ってあげてほしいと思います」
好きで始めたサッカーだからこそ自分のことは自分でやる
母親は、食事面こそ徹底していたが、サッカーに関しては全く口出ししなかったという。
「技術的なことは言わないですね。食事に関することと、『自分の荷物は自分で用意しなさい』ということくらい。前日の夜、寝る前は必ず明日の準備の時間があって、着替えやユニフォーム、スパイクの手入れは必ず自分でやってから寝ていました。帰ってきてからも、ちゃんとスパイクの手入れをして、風呂場で汚れを取ってから洗濯物を出す。基本的なことは自分でやるように言われていました」
そして高橋は自らの体験も込めて、サカママと子どもたちへアドバイスをおくる。
「子ども自身が好きでサッカーをやっているのだから、親はあまり関与しなくていいと思います。何でもしてあげると、子どもは親の道具みたいになってしまう。ダメ出しではなく、あくまでも最低限のサポートをして、話を聞いてあげるくらいでいいかなと。子どもたちも、サッカーには真面目に取り組んでほしいので、自分のことは自分でやってほしい。とくに小学3年生くらいまでの子どもの中には靴紐を結べない子もいますから(笑)。また、やりたくないポジションをやらされた時、いかに前向きに取り組めるかも大切だと思います。指導者も含めてですが、ボールを奪うことの楽しさや、カバーをすることの大切さを教えて、できたら褒めてあげてほしい。子どもたちも褒められれば楽しいし、そこでまた楽しさを見出すことができます。点を取るだけがサッカーではないので、パスやシュート以外のところでも楽しんでもらいたいです」
最後に、小学生からやっておくと良いトレーニングについて聞くと、柔軟運動を挙げた。
「体を柔らかくすることは大切です。僕は柔軟の方法がわからなかったので、今でも体は固いですが、柔軟性は成長してから影響が出ます。成果がわかりにくいし、もともと子どもは体が柔らかいので疎かにしてしまいがちですが、風呂上がりに正しい前屈や開脚をしておくと、ボールをキープしたときの懐が深くなります。股関節も柔らかいほうがいいので、それには相撲の四股(シコ)がオススメですよ。股関節が固いと前屈みになってしまい、プレー中も頭が下がってしまいますからね。僕も当時はストレッチを疎かにしたので、いま頑張ってやっていますけれど、小学生のときからやっておけば安心です。とにかく今は、たくさんボールを触ってください。『これくらいでいいや』ではなく、毎日ボールに触れてサッカーを楽しんでもらいたいですね」