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今さら聞けない!?サッカールール「VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)」

1993年のJリーグ開幕戦で主審を務め、審判界に多大な功績を残したレジェンド・小幡真一郎さんによるサッカールール解説シリーズ!
今回は「VAR」について。今シーズンからJ1全試合で再導入が決定され、改めて注目が集まっているVAR。導入の目的やどんな場面で用いられるのかを徹底解説します!

2021年シーズンからJ1全試合で再導入!VARとは?

先月末から2021年シーズンが開幕したJリーグ。早速、熱戦が繰り広げられていますが、こんなシーンをご覧になった方もいるのではないでしょうか。

「ゴール!」の場内放送。シュートを決めた選手を称えてチームメイトが集まり喜んでいます。しかし、主審はゴールのシグナルをせずに耳を手に当てたまま立ち止まっています。その後、ハーフウェイライン付近のモニターテレビを見に行き、しばらくしてから得点を認めないジェスチャー。どうやらゴール直前に攻撃側の選手に反則があったようです。歓喜もつかの間、選手たちは気持ちを切り替え、プレーに戻っていきました。

このシーンで活用されているのが、今シーズンからJ1の全試合で再導入された「VAR」というシステム。今回は、この「VAR」について説明します。

VARの導入の背景と目的

VAR

VARは「Video Assistant Referee(ビデオ・アシスタント・レフェリー)」の略で、「最良の判定を見つけにいくこと」を目的としたものではなく、「はっきりした、明白な間違いをなくすため」のシステムです。
2018年のロシアW杯でVARを知ったという方が多いかと思いますが、そもそもなぜVARが導入されるようになったのでしょうか?

VAR導入の背景

VARの導入には様々な背景があります。
まずは、広大なピッチを主審、副審2人、第4の審判員、合計4人で見ることの難しさ。これは以前から言われてきたことですね。さらに近年、選手のフィジカルやテクニカル要素が向上し、競技水準の高度化、スピード化が見られたことで微妙な判定場面が増加しました。このようなことから、判定基準の統一の必要性や観客を納得させる判定の必要性が求めれれるようになりました。

また、映像技術が革新的に進化したことで、スーパースローやコマ送りの精度も上がりました。しかし、これらの映像を見るのは主にベンチスタッフや視聴者の方たちでした。審判だけがリプレーを見て判断できない状態にあったことも、VAR導入の背景の一つと言えるでしょう。また、審判員による八百長問題を回避するためということも言われています。

VARの目的は「最小の干渉で最大の利益を得ること」

様々な背景から導入されたVARですが、「最終決定はあくまで主審」が行います。監督や選手がVARの判定を要求することはできません。そして、VARが入ることによってすべて正しい判定になる、というわけではありません。また、疑わしい、決めきれない、どちらの見方もできるという事象にはVARは介入しません。つまり、VARは「最小の干渉で最大の利益を得ること」を目的としています。

VARの対象となる事象は?

VARは、「はっきりとした、明白な間違い」(a~d)、及び「見逃された重大な事象」(e)の場合にのみ主審を援助するものです。

  1. 得点か得点でないか(得点の過程などを含む)
  2. ペナルティーキックかペナルティーキックでないか(ペナルティーエリア内での反則か否か)
  3. 2つ目の警告(イエローカード)によるものではない退場(例えば、DOGSOかどうかなど)
  4. 人まちがい(主審が反則を行ったチームの別の競技者に対して警告したり退場を命じた)
  5. 4人の審判員たちが見逃した、見えなかった乱暴な行為(例えば、殴る・ける、つば吐き、かみつきなど)、または、非常に攻撃的な、侮辱的なまたは下品な発言や身振りといった退場を命じる可能性のある反則の行為

このように、対象となる事象はほとんど全ての人が「はっきりとした、明白な間違い」として同意できるものであり、主審がビデオ再生で事象を確認して、直ぐに決定を変更できるものでなければなりません。

VARはどのような体勢で行われているの?

VARの体制

VARを担当する審判員たちはピッチ上ではなく、「ビデオオペレーションルーム(VOR)」という部屋の中で試合を監視します。
試合中はVORに資格を持った「ビデオアシスタントレフェリーVAR)」が1人、および少なくとも1人の「アシスタントVARAVAR)」がおり、これに加えて「リプレーオペレーターRO)」がVARの監視を援助しています。ROVARに求められた適切な映像(最もよく分かる角度、スロー、コマ送りなど)を瞬時に提供することで、VARの監視を援助する役割を担います。

尚、AVARROはカメラアグルの数などに応じて2人以上置くことも可能です。ちなみに、J1のゲームではほぼ12台のカメラが色々な角度で配置されています。また、試合中にVORへ入室できるのは承認を受けた者のみで、それ以外の者はVARAVARROとの会話は認められていません。

実際の試合でのVARの流れは?

VARの対象となる事象、試合での体制を抑えたところで、実際の流れを冒頭の灰色で囲った場面を例にとって解説していきます。

今回のシチュエーション
ゴールを決めた選手が、ボールをトラップした時に手でボールを前に運んでいた。審判員たちはこのことに気づかなかったものの、VARがその事象を映像で確認していた。

①VARによる映像の確認「チェック」

VARが対象のプレーの「チェック(映像を確認する作業)」をしたいので、プレーの再開を遅らせるように主審に伝えます。
主審はイヤフォンまたはヘッドセットにはっきりと指を当てながら、もう一方の手または腕を伸ばすシグナルをします。このシグナルは、主審が(VARまたはその他の審判員から)情報を受け取っていることを知らせるためであり、VARの「チェック」が完了するまでシグナルを続けます。

「チェック」によって「はっきりとした、明白な間違い」が示された場合(ここではハンドの反則の可能性)、VARはこの情報を主審に伝え、主審は「レビュー(映像を見る作業)」を開始するかどうかを決定します。

②主審が映像を見る「レビュー」

VAR
photo:Getty Images

主審はボールが手に触れているのかが分かっていなかったので、プレーを停止して「TVシグナル」を示します(TV画面を示す四角形を指で描くジェスチャーです)。

VARは、リプレー映像に何が映っているかを主審に説明し、主審はタッチライン側のレフェリーレビューエリアへ行ってリプレー映像を見ます。これを、「オンフィールドレビュー」と言います。
尚、他の審判員は主審からの要請がない限り映像のレビューは行いません。また、レビュープロセスの間は、選手は競技のフィールド内に、交代要員およびチーム役員は競技のフィールド外にいなければなりません。

③判定

主審はVARから提示された映像を確認したら、TVシグナルを示し、その直後に笛を吹いて判定を提示します。
今回の場合は、得点の取り消し、ハンドの反則が起こったところで守備側の直接フリーキックで再開です。もし、主審が映像を見てもハンドの反則がなかったと判断すれば、得点を認め、TVシグナルを示し、ゴールのシグナルを示して守備側チームのキックオフで再開となります。

このように、VARは最終的な攻撃の起点から得点などの重大な事象の間や、得点時の攻撃側チームによる反則(ハンドの反則、ファウル、オフサイドなど)があった場合、あるいは、得点前にボールがアウトオブプレーになった場面などに介入します。

しかし、第一印象が大切で、何回見ても分からない、白黒つけられないものは取り上げないようにしています。特に、ハンドの反則はノーマルスピードでどう感じるかを求めています。主審の主観的な判断に基づく判定を尊重し、最終決定は主審が下すことになっています。

オフサイドであってもフラッグアップしない?「オフサイドディレイ」

オフサイドディレイ
photo:Getty Images

VARの判定に関連して、副審のオフサイド判定についても触れておきましょう。
オフサイドの判定の際に、副審がフラッグアップするとその時点で主審の笛が吹かれるのでプレーが止まりますよね。この時、VARが入っているならば、ゴールに直結するような攻撃や大きな攻撃が生まれる可能性がある、つまりすぐにチャンスとなりそうな特別な状況では、たとえオフサイドの反則が起こっていてもフラッグアップしないことになっています。これを「オフサイドディレイ」と言います。

オフサイドディレイは、副審のフラッグアップによって本来認められるべき得点が認められないことを防ぐ目的で行いますので、ボールがアウトオブプレーになった、あるいは、攻撃の機会が終わったと判断した時にフラッグアップを行います。

VARが適用された場面で、「あれ、さっき副審はフラッグをあげていなかったのにオフサイド?」という感じを受けたとすると、このオフサイドディレイを行っているためかもしれません。攻撃側選手がボールを蹴る、あるいは触れた瞬間を見て、常にフラッグアップしている副審にとっては非常に難しい作業でもあります。

VARの利点とは? そして、VARが担う役割とは?

VAR
photo:Getty Images

賛否両論あるVARですが、その利点の一つには、VARのチェックが必ず入ることで選手も審判も気持ちを切り替えられるという点があるかもしれません。

選手も審判も、「あれはPKだったんじゃないかな」という気持ちを引きずりながらプレーをしていたのが、「VARが入らないということは正しかったんだろうなあ」ということになって、選手の皆さんも切り替えてプレーができるのではないでしょうか?
もやもやしたままゲームを続けることなく、正しい方向にいくことで切り換えて次のプレーに、次のその後の時間に集中できるし、もし、間違えていたということが正しい方向にいけば、審判もまた次のプレーに集中できると思います。

そして、VARシステムは審判の代わりをするテクノロジーではなく、審判を援助するためのテクノロジーです。サッカーの魅力を高めるため、誤審を減らすためだけではなく、ピッチ上のレフェリーを守る役割も担っているのです。

VARを担当する審判、オペレーターは、ピッチ上の審判を援助するために、ゲームの一つひとつの事象を見落とさないように最後の砦として集中しなければなりません。ゲーム後は実際のレフェリング以上に目が疲れ、精神的に疲労感が強くなるとも聞いています。

新たなシステムに戸惑うことも多いかもしれませんが、今後もVARは試行錯誤を繰り返し、修正を重ねていくはずです。VARがサッカー仲間である審判を守る役割も担っていることを心にとめて、試合を楽しみながら見てもらえると嬉しいですね。

WRITER PROFILE

小幡 真一郎
小幡 真一郎

1952年7月21日生まれ、京都府出身。元国際主審。
サッカーの競技規則の側面から、サッカーの持つ魅力、またはサッカーそのもののを伝えたいと思います。著書に7月21日発売『おぼえよう サッカーのルール』(ベースボールマガジン社)、『すぐに試合で役に立つ! サッカーのルール・審判の基本』(実業之日本社)、『失敗から学ぶサッカー審判の教科書 しくじり審判』(カンゼン)がある。