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育成のプロ菊原志郎さんが語る「個を伸ばすために大切なこと」

元サッカー日本代表の菊原志郎さんは、現役引退後、東京ヴェルディの育成組織やJFAアカデミー福島、横浜F・マリノスジュニアユースで指導し、年代別日本代表のコーチも歴任。2011年U-17ワールドカップでは、中島翔哉選手、南野拓実選手らを率いて、18年振りのベスト8へ導きました。2018年からは活動の場を中国へ。中国スーパーリーグの広州富力というクラブチームで指導し、監督を務めるU-14のチームを全国優勝に導いています。20年以上、育成年代の指導に心血を注ぎ続ける菊原さんに、育成年代で大切なことについて伺ってきました。サカママのみなさんはもちろん、指導者の方も必読です!

菊原志郎さん
現役時代、巧な技術から「天才」と称された菊原さん。メディアの取材はあまり受けないことから、今回のインタビューはかなり貴重に。

サッカーが上手い子だけが伸びていくのではない

まずは、菊原さんの指導理念を教えてください。

「東京ヴェルディで指導していた頃は、一緒にプレーしながら技術的なことにフォーカスして指導していました。チームもプロ選手を育成することに力を入れていたこともあって、プロになりそうな選手を中心にみていたところはありますね。

それが、JFAアカデミー福島でインストラクターとして指導者の育成に関わるようになり『子どもたちみんなをいかにレベルアップさせていくか』ということを伝える立場になったことで、変わっていきました。常にいろんな子どもたちを観察しなければいけないし、子どもたちにはできるだけわかりやすく丁寧に説明しなければならない。何を言うかではなくて、いかに伝わりやすく、わかりやすく指導することが大切なんだと。能力が低い子たちの中にも悩んでいる子はたくさんいるので、そういった子たちが落ちこぼれないようにするためにどんな指導が必要かを考えるようにもなりましたね。今は、指導している子どもたち全員をいかにレベルアップ、成長させてあげることが、指導者としての価値だと思っています」

トップではない子のレベルを上げることで、組織(チーム)としての底上げにもつながるということでしょうか?

「もちろん、そうですね。日本サッカー協会もグラスルーツをしっかりやりましょうと掲げてますしね。要は、サッカーが上手い子だけが伸びていくことはないんです。その下、さらにその下の選手が上手くなることで、上のチームや選手も強くなっていくのです」

自分の強みを伸ばすと同時に、苦手な部分を克服する

菊原さんと楽天大学学長の仲山進也氏
菊原さんと楽天大学学長の仲山進也氏との共著『サッカーとビジネスのプロが明かす育成の本質 才能が開花する環境のつくり方』が昨年秋に刊行された。

そうすると、やはり「個の育成」が大事になってくるのでしょうか?

「よく『個の育成』って言われますよね。確かに、世界のトップの中で戦うとなった時には、個人のレベルを高めていかなければいけないと思います。でも、子どもたちにとって大事なのは、自分の強みを伸ばすと同時に、苦手な部分を克服していくこと。なぜなら、いずれ足りない部分で困るからです。例えば、シュートが好きな子に『得意なことを伸ばしていけばいいよ』というと、シュートは一生懸命練習して上手くなっても、それ以外ができなくなり、いずれ困ってしまうわけです。

じつは、僕自身がそうでした。得意なことで勝負しようと思っていたけれど、上にいけばいくほど、武器が武器じゃなくなるんです。現役時代、ヴェルディでも浦和レッズでも10番の選手(海外の選手)とポジションが重なって、僕は日本の中ではそれなりでしたけど、彼らと競うと、みんな武器を持っているだけでなく、さらに守備もできましたからね。そういう経験からも、とことん自分の得意なところを伸ばすと同時に、苦手なことはできるだけ早く克服したほうがいいと思います。

僕がU-15~17日本代表のコーチをしていた時にみていた南野拓実選手がリヴァプール(イギリス)に移籍しましたけど、彼は得意なプレーだけでなく、プレスをかけ続け、走り続けることもできる選手。チームのためにいろいろなことが高いレベルでできるという点も評価の大きなポイントになってますよね」

仲間と上手くプレーすることも大切ということですね。

「中島選手や南野選手、鈴木武蔵選手らが日本代表に選ばれてポジションをとれたのは、彼らが10年近くいる長友選手らの中でも、上手くとけこめたからでもあるのかなって。僕は、彼らには『フォワードのみんなが助け合わないと、(U-17の)ワールドカップで上にはいけないよ』という話を常にしていましたし、どうすれば仲間と上手くプレーできるか、自分のよさをどうチームの中で最大限に発揮するのかというノウハウを学んでくれたんだと思いますね。

上にいけばいくほど、個人だけでできるプレーは減ってきて、コンビネーションや協力が必要になってきます。だからこそ、子どもの時から仲間と上手くやることを学ぶ必要があるんです。

子どもたちにとって大事なのは、サッカーに夢中になること。夢中になれば、次をよくしたい、もっといいプレーをしたい、もっと上手くなりたいと思いますよね。子どもたちを夢中にさせるには、コーチたちの難易度の設定が重要になってきます。最初はできなくても何回かやればできたり、試行錯誤すればできると、子どもたちは達成感を感じ、次に難易度を少し上げてもチャレンジしてみようと思うわけです。要はテレビゲームと同じこと。まず簡単なゲームをクリアさせて、難易度を少し上げる。それをクリアするために子どもたちは夢中になるというわけです」

サッカーも勉強も予習・復習が重要

菊原志郎さん
「子どもも親も、試合の結果に一喜一憂しないことが大事」と菊原さん。

保護者のサポートで大切なことはなんでしょうか?

「保護者のみなさんは、悪気はなく『なんで、できないの』『あの子ばかり試合に出てるの』などと言ってしまいがちですよね。でも、それが子どもへのプレッシャーになり、失敗が怖くなって、リスクを負わなくなってしまうんです。そうすると、子どもは試行錯誤しなくなるから、成長しないのです。例えば、試合の中でリスクのないバックパスだけをして成功率100%だったとしても、それでは成長しないということです。

サッカーは勉強と同じで予習・復習が大事です。『今日の自分のプレーどうだったかな?』『もうちょっとあの時は〇〇しておいたほうがよかったかな』などを、一人ではなく、コーチや仲間と話して復習すると、次のプレーの時に「今度はこれを試してみよう」など、試行錯誤にもつながるんです」

サッカーで予習・復習をすれば、勉強にもつながるし、逆もしかりということですね。

「ただ、この時に大切なのは、こなしているだけにならないこと。1つ1つを丁寧に、考えながら、繰り返していくという作業がすごく大切ですし、保護者やコーチたちは『失敗してもいいから、ゆっくり考えて、丁寧に繰り返してごらん』と促してあげることです。試行錯誤をしながら、繰り返しチャレンジする。それを継続することが何よりも大切なのです」


「伸びる子と伸びない子の違い」、「『個を伸ばす指導者・保護者』と『個をつぶす指導者・保護者』の違い」など、さらに詳しい育成についての話は、菊原さんと仲山氏の共著『サッカーとビジネスのプロが明かす育成の本質 才能が開花する環境のつくり方』でぜひ。