指導者の言霊「野村雅之 作陽高校サッカー部総監督」
のちの戦術にもつながる観察力。家庭での会話が重要になる
今は作陽高校サッカー部の総監督として、男子、女子、フットサルチームをトータルで指導しています。ただ、直接選手に教えるというよりは、“指導者への指導者”といった感じです。
「転んでもただでは起きるな」。私はこの言葉を選手たちにずっと言い続け、今では作陽高校の精神になっていると思います。我が校は、全国レベルで言えば、決して常勝軍団とはいえないでしょう。けれど、傍から転んだように見えても、そこで何かをつかんで起き上がれば、それは転んだことにはならない――そういう発想を繰り返してきたことが、今につながっているんじゃないかと思います。余談ですが、かつて指導した青山敏弘(サンフレッチェ広島)が、ある年の3年生の引退パーティ時に「転んでもただでは起きない作陽魂で、これからも頑張ってください」とメッセージをくれたことがありました(笑)。それほど、強調して言ってたんでしょうね。
ジュニア年代で大切だと思うのは、常にボールに触れておくということです。そうしないと、いずれ行き詰ってしまう場合があるからです。今の子どもたちを見ていると、むちゃな遊びをしていないため、身のこなしが鈍くなっているように感じます。ですので、できるだけいろんな遊びをして、柔軟な体をつくってほしいとも思います。
また、のちに戦術にもつながる観察力を養うことも重要です。それには、家庭での会話が大事になってきます。私の場合、娘や息子が小学生の頃から、テレビを観ていても「なんでそうなるかわかる?」と、常に質問したり、突っ込んで聞いていました。そうすると、観察する力がつくだけでなく、気づきを口にしたり、その理由を組み立てて話そうとするので、のちにピッチの内外でも役立っていくのです。ただし、そうした必然性のある会話をするためには、親自身もその時の感覚で話すのではなく、しっかりと考えることが大事になってくるでしょう。これまでの経験から、お母さんが子どもに一方的に意見を押し付けているように見える家庭はリーダーシップがとれない子どもが多かったように感じています。
私は、選手が指示したことを一生懸命にやって上手くいくこと以上に、考えもしなかったプレーをしたり、指導者の下からはみ出て、飛び出していく選手が出た時が、何よりも嬉しいものです。そういう発想を、親御さんにも持っていただきたいと思うのです。親はどうしても子どもよりも上の立場でいたいと思いがちですが、「私を超えていけばいい」という思いを持ち、子どもが想像しなかったプレーをした時は素直に「すごい!」と褒めてあげることが大事だと思います。
長期的な負けず嫌いの気持ちが、ねばり強さにつながっていく
ジュニアの指導者に対して思うのは、目先の勝った負けたで、浮き沈みを作るべきではないということです。どっちに転ぶかわからない試合を、偶然勝ったから喜んだり、負けたから悔しがるのではなく、その試合の本質は何かということを考えてほしいと思います。そこで選手たちは何ができて、何ができなかったのかということを見抜き、選手たちができなかったことに対して、負けず嫌いの気持ちを持つよう働きかけてほしいのです。
瞬間の負けず嫌いには誰しもなるでしょう。でも、試合に負けて、その時に泣いても、次の日忘れてしまっては意味がないのです。大事なのは、長期的な負けず嫌いの気持ちです。それがねばり強さ、転んでもただでは起きないといった精神にもつながっていくのです。
また指導者は、子どもたちが潜在的な憧れを持つような対象にならなければいけないと思います。そのためには、だらしない格好をせず、教える姿やピッチ外のふるまいも大事です。加えて、言葉や話術力も重要でしょう。しゃべる力がないと、憧れの対象にならないですし、説得力もでてこないものです。あのコーチが教えてくれたから、サッカーのおもしろみがわかった――そんなふうに子どもたちに思ってもらえることが一番だと思います。