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【環境(育成・キャリア)】なぜ「MF王国」スペインから異質なドリブラー、ラミン・ヤマルが生まれたのか?同時に考えてしまう“futbolistas de barrio”の光と影

【環境(育成・キャリア)】なぜ「MF王国」スペインから異質なドリブラー、ラミン・ヤマルが生まれたのか?同時に考えてしまう“futbolistas de barrio”の光と影

近年のバルセロナでは10代でスターダムを駆け上がったペドリ、ガビに続き、ラミン・ヤマルがクラブ史上最年少となる15歳9カ月でトップデビューを飾った。欧州の最前線では明らかに育成の「早回し化」が進んでいる。ここでは、EURO王者に返り咲いたスペインの育成成功を象徴するラミン・ヤマルのルーツ=“futbolistas de barrio”について、スペインに30年近く住み、長い間現地で少年サッカーを指導してきた木村浩嗣氏が考察する。

ラミン・ヤマル、ニコ・ウィリアムス、ブライアン・サラゴサ、ブライアン・ヒル。彼ら4人の共通点は何か? スペインの今と未来を担う若きドリブラーであるということだ。

年齢はそれぞれ、17歳、22歳、23歳、24歳。EURO2024の優勝で両翼にドリブラーを置き、彼らの1対1の突破力で打開するという新スタイルで、EURO2012以来の低迷から脱した代表。ドリブラーは純粋なタレントであり、ヤマルとニコに続く者が現れなければせっかくの新スタイルも継続されないわけだが、タイミング良くリーガに復帰したサラゴサとヒルが急成長。ルイス・デ・ラ・フエンテ代表監督もニコとヤマルが負傷すると、早速2人を招集して試し、結果に満足しているようだ。ウイングに攻撃的MFが配されるほどドリブラーの需要も供給もなかった代表に、生きの良いドリブラーが4人もそろうなんて前代未聞であり、新たな黄金時代の到来もあるかもしれない。

MF王国である反面、ウインガーの育成には弱かったこの国で、これが偶然であるか必然であるかを検討してみたい。

4人の共通点は“futbolistas de barrio”であること

もう1つ、彼ら4人には共通点があるのだが、わかるだろうか? これはスペインに住んでいないとわからないことかもしれない。答えは、いずれも貧しい家庭に生まれ育っていることだ。

ヤマルの両親には息子をサッカークラブに送る経済的余裕がなかった。ヒルの家もそう。不法移民だったニコの両親は教会の篤志家の世話で滞在許可を手に入れ、パンプローナ(ナバーラ州)の中でも貧しい地域の貧困世帯用住宅に住んでいた。ヤマルの育った今や有名なロカフォンダ地区(カタルーニャ州)は移民の割合が6割という土地で、サラゴサの生家は高速道路と墓地と工場に囲まれたマラガ(アンダルシア州)で知る人ぞ知る貧困エリアにあり、ヒルの生まれた港町バルバテ(アンダルシア州)は仕事も希望もない人たちが手を染めざるを得ない“ドラッグ密輸のメッカ”として有名である。

4 人とも衣食に困った経験がある、と告白しており、生活を維持し自分にサッカーをさせるために必死に働く両親の姿を見ている。だから親を敬い家族を大切にし、「自分のルーツを忘れない」と口をそろえている。生まれが似ているせいか、彼らを知る者の描写によると、スターぶったところがないとか、地に足が着いているとか、やんちゃでいたずら好きとか性格にも共通点があることがわかって面白い。

スペインには“futbolistas de barrio”という表現がある。直訳すれば「下町のサッカー選手」という意味だ。「選手」と言っているが、ほぼドリブラー専用の言い方で、知的なイメージのセントラルMFに対してはどんなに下町育ちでも使われることはない。貧しい生まれ→道路が遊び場で、ボールが友だち→路地で1対1に明け暮れる、という連想から、“ストリートの匂いがするドリブラー”を指す言葉となったのだろうと思う。もしヤマル、ニコ、サラゴサ、ヒルが広い家へ友だちを呼び、お母さんの用意するおやつを食べながらビデオゲームをする、という少年期を過ごしていたら、スペインサッカーの今と未来は変わっていたに違いない。

とはいえ、“貧しくて良かった”とは言いたくない。“やはりストリートこそ優秀なドリブラーの産地なのだ”とも言いたくない。“少年はサッカーのみにて生きるにあらず”。彼らのようなごくごくごく一部の例外を除けば、やはり少年は豊かに生まれた方が幸せなのだ。ゴールゲッターを育てるために子どもたちに赤信号を渡らせてはいけない。ドリブラーを育てるために子どもたちにひもじい思いをさせてはいけない。4人の生まれ育った環境と今の姿には因果関係があるのは間違いない。

ストリートはドリブラー育成に最適の場かもしれず、ハングリー精神はドリブラーに不可欠の条件かもしれない。だけど、だからと言って、それを育成メソッド化することは再現性の問題から不可能だ。環境には再現性があるが、遺伝子には再現性がないから。そこにいるのがラミン・ヤマルでなければただの貧しい子どもであり、子どもの貧困は撲滅すべきだ。以上を前提に、ここからはラミン・ヤマルの少年期を掘り下げながら、スペインのクラブ以外の育成環境=ストリートについて考察していきたい。

今はもう「ない」。ストリートサッカーの幻想

郵便番号下3桁「304」で有名になったロカフォンダは貧しい地域だ。国家統計局は地域別の年平均所得を発表しているが、それによると郵便番号08304の平均所得は1 万2250ユーロで、全国平均の7割弱。特に貧しい地域は9000ユーロほどで、「約半数が貧困の危機にある」という地元紙の報道もあった。ちょうど私の住む地域はグラナダ市で最も貧しく平均所得もロカフォンダと同額。近所の“スペイン最大のマリファナの産地”と呼ばれるエリアは特に貧しく、近くを通るとプンと大麻の匂いがしてドラッグ中毒者がうろついている。私のアパートのご近所さんの半分ほどが移民。昼間は安全だが夜はちょっと危なく、一つ通りを入るとかなり危ない。庶民的で気に入っているが、いろんな意味で気をつけるに越したことがない地域、という感じ。多分ロカフォンダも似た様な雰囲気なんだろうと思う。

ヤマルが犬や大人相手に1対1に明け暮れた“ストリート”というのは、2つある。1つは父の家の目の前にあった空き地。ただ、ここは今はもう遊具のある児童公園になっていて「ボール遊び禁止」という看板が出ている。もう1つはミニサッカーコート。と言っても、床はセメント製で、ミニゴールには網はない。「ボール遊び禁止」は今は普通のことになっている。休憩時間の校庭では喧嘩になるし、みんなが遊べないから禁止。学校の運営する課外活動というのは存在しないので、放課後は校門に鍵がかけられてしまう。住宅地では声がうるさくボールが危険なので禁止。うちのアパートの周りでも禁止で、ボールを持った子たちは市営公園のセメントのコートに集まるしかない。ロカフォンダと同じである。

ストリートでサッカーをやろうにもストリートがない、というのは今はもうどこでもそうだ。ラ・リーガ所属チームがあるような都市でボールを蹴っている子を見るには、特定の広場を探して行くしかない。そこは大声を上げるたくさんの子どもとたくさんのボールが入り混じるカオスとなっているはずだ。そのカオスでは多くのドリブルテクニックが身につくのだろう。障害物をかわすアジリティも養われるはずだ。だからストリートが大切なのは間違いないのだが、ストリートが今も今後も失われ続けていくのもまた間違いない。子どもたちからストリートを奪っておいて、ストリートが大事、と言ってもしょうがない。

両翼からスペイン代表をEURO2024制覇へと牽引したヤマルとニコ。ピッチ外でも大の仲良しとして知られている。

「1対1スキル→チームスキル」の理想的な役割分担

ヤマルが近くのクラブでサッカーを始めたのが4歳の時で、バルセロナに入ったのが6歳の時だ。少年サッカーはここ10年ほどで急速に有料化している。私がスペインで指導を始めた25年ほど前は、グラウンドは市からの無償提供、クラブへの補助金も市の財政から出ていて、指導者はボランティア、ユニフォームは貸し出しだったから、医療保険料を除くと金銭的負担ゼロで子どもたちは指導を受け、試合をすることができた(連盟登録選手の場合)。クラブの主な財源で有料が原則のスクールの場合でも、ユニフォーム支給込みで年間50ユーロほど負担で済んだ。だが、これが今、市の予算カットや指導の充実(スタッフのセミプロ化と増員)で、年間200ユーロから300 ユーロを払うのが普通になっている。「スペインではサッカーは子どもの権利(無料だから)」と私もかつては胸を張っていたが、今は「普通の習い事化」とした感がある。英会話学校、水泳スクールと同じである。

すでに言ったようにヤマル家は貧しかったので、経済的負担を免除されていた。タレントを見出してその可能性に賭けた人がいたからだ。ヤマルはバルセロナでは「止まることと、周りとプレーすることを学んだ」と言っている。「いつも犬と一緒に練習していた」と本人が言う通り、1対1で抜き去る術はストリートで犬相手でも学べるが、間を作り周りを見てパスを出す術はレベルの高いチームメイトがいるクラブでしか学べない。個人的なスキルはストリートで、それ以外のスキルはクラブで学ぶ、という理想的な……

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文/木村浩嗣 写真/Getty Images(2024年12月10日掲載)

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