Jリーガーたちの原点 Special「シュミット・ダニエル(名古屋グランパス)」
人気連載「Jリーガーたちの原点」。今号は、2022年ワールドカップの日本代表メンバーで、2025シーズンから名古屋グランパスの守護神として活躍するシュミット・ダニエル選手に、高校でGKに転向するまでの歩みや「サッカーを休むこと」についても語ってもらいました。
GKになるなんて“0%”だった!回り道のサッカー人生と高2の転機
―初めに、サッカーを始めたきっかけから教えてください。
「小学2年生のとき、テレビでJリーグの試合を見て『いいな、このスポーツ』と思ったのが最初でした。それで地元(宮城県仙台市)のサッカースクールに通い始め、すぐに夢中になって、3年生で八幡サッカースポーツ少年団に入ったんです。僕の学校は休み時間にサッカーをするのが禁止で、その反動もあって放課後は友達と校庭でずっとボールを蹴ってましたね。その後4年生の途中で転校し、翌年に仙台スポーツシューレFC に移りました」
―その頃はGKではなかったそうですね。
「主にボランチ(守備的MF)でした。身長が高かったのでヘディングでボールを跳ね返したり、パスをさばいて前線につなぐような選手でしたね。一番の思い出は、5年生のときに県大会で優勝したこと。これが僕のサッカー人生で獲得した唯一のタイトルなんです」
―当時、GKに対してはどんな印象を?
「絶対やりたくないと思っていました(笑)。ボールを足で扱うことが好きでしたし、たまにFWで出て点を取る楽しさも知っていたので、GKの面白さは全然わからなくて…。まさか数年後に自分がGKになるなんて、想像もできませんでしたね。0%でした(笑)」
―両親はどのような存在でしたか?
「送迎や遠征のサポートをたくさんしてくれて、週末も僕のために時間を使ってくれました。でも、プレーについて言われたことは一度もありません。常に見守り、自由にやらせてくれたことは本当にありがたかったですね」
―それはサッカー以外の日常生活でも?
「はい。『勉強しなさい』と言われた記憶もないですし、口で伝えるよりも自然と僕が頑張れる環境をつくってくれていたと思います。両親からの教えで心に残っているのは、人に感謝すること。今もすごく大切にしています」
―食事面のサポートはどうでしたか?
「母が中心でしたけど、アメリカ人の父がつくる洋食も美味しかったです。今は試合前日に揚げ物は食べませんが、『勝つためにカツを食べに行こう』なんて日もありました(笑)」
―東北学院中学校に進学後、一度サッカー部を辞めたそうですね。
「ボランチは運動量が求められるポジションなのですが、僕はスタミナ面で苦労していて…。走る練習もきつかったし、成長期で思うようにプレーできない時期もあって『サッカーが面白くないな』と感じてしまったんです」
―そこでバレーボール部へ?
「 背が高いから勧誘されて、『走らなくていいし、試合に出られるなら』と1年生の12月にサッカー部を辞め、バレー部に入りました。でも結局、サッカーのほうが楽しかったんです。それに辞めるとき、サッカー部の先生が『お前はサッカーが好きだから戻ってくると思う。いつでも帰ってこい』と言ってくれて。その言葉もあり、2年生の4月に復帰しました」
―GKへの転向はいつだったのでしょう?
「3年生の最後の大会が終わった後です。中高一貫校で、進学前から高校サッカー部の練習に参加していて、そこで監督から『GKを本格的にやってみないか』とすすめられました」
―それからGKを続けられた理由は?
「まず走らなくてよかったので(笑)。でもそれ以上に、同級生の存在が大きかったです。すごく上手いGKで、一緒に練習するのが本当に楽しくて、互いに技術を高め合っていくうちにどんどんのめり込んでいきました。彼がいなければ、ここまでGK を好きになれなかったと思います」
―その後プロへの階段を登っていく過程で、ターニングポイントはありましたか?
「2年生のときの全国高校サッカー選手権予選です。僕はベンチで、その同級生がスタメンだったのですが、試合中に彼が大ケガをして僕が出場することになったんです。試合は負けてしまいましたが、彼が復帰するまでは僕しかGKがいないという状況で…。そこから試合に出続ける中で、少しずつ成長を感じられるようになりました。身長は190cmを超えていて、足元のボール扱いは上手いほうでしたし、周囲からも『経験を積めば面白い選手になるんじゃないか』と期待してもらえるようになったんです。友人のケガがきっかけだったので、複雑な思いはあります。でも、あの出来事が僕にとって人生の転機になったことは間違いありません」

明日も良い状態でプレーしたいなら、休むこと+回復のために何をするか
―今号の特集テーマは「サッカーを休もう」です。「休むことの大切さ」について、どう捉えていますか?
「しっかり休養日を設けることはもちろん、睡眠や食事などを含めて、身体を回復させるための休み方の質も重要だと考えています。もともと僕は、休むと身体がなまるんじゃないかと思っていたんです。でも年齢を重ねるにつれて、疲労や筋肉の張りが取れにくいことも増えてきました。とくにケガに苦しんだ2025年は、シーズン中に身体と向き合う時間が多かったのですが、その中で休むことが疲労回復に大きく関係していると実感しました。今では休むことそのものだけでなく、『回復のために何をするか』を意識していますね」
―休養日はどう過ごしていますか?
「軽い運動をしたり、時間があれば入浴したり、サウナに行ったり。血液を循環させることが大事だと考えています。身体を回復させ、次の練習や試合に備えることを優先しています」
―プロの世界ではリカバリーの管理もチーム全体で徹底されているのでしょうか?
「とくに以前プレーしたベルギーのクラブでは、練習後の飲み物や水風呂に入る時間まで管理されていて、リカバリーもトレーニングの一部という考え方が浸透していました」
―頑張り屋の子どもたちは、疲れていても『まだやりたい』と言うことがあるかもしれません。彼らに伝えたいことはありますか?
「明日も良い状態でサッカーをしたいなら、あえてボリュームを抑える日も必要だと思います。やり続けることも大切ですけど、やりすぎると上達するための“余白”がなくなってしまう。だから『余白をつくる』という考え方は大事かもしれません。自分に余白をつくって次の日を迎えること。人は詰め込みすぎるとパンクしてしまいますし、上手くなるためには上手く力を抜くことも重要です。僕の経験から言うと、これから紆余曲折があったとしても、夢を信じ続けていれば、たどり着ける可能性は誰にでもあると思います。回り道をしたからといって、夢を諦める必要はありません。今やっていることが直接目標につながらなくても、必ずどこかで自分の力になります。だから自分を信じて、目標を見失わず努力を続けてほしいです」
―最後に、子どもたちを応援するサカママに向けてメッセージをお願いします。
「僕も2人の子の親として、見守ることの難しさを感じています。でも、アドバイスしたい気持ちを一度ぐっとこらえて、子どもが求めてきたときに答えられる準備をしておく。それが大事なのではないかなって。子どもは自分で考えながら成長していく力を持っています。僕自身がそうやって育ててもらったので、我が子を信じて見守ってあげてほしいですね」
写真提供/名古屋グランパス
(2026年7月発行 soccer MAMA vol.58 「Jリーガーたちの原点 vol.58」にて掲載)