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サッカーの悩み、実は「生活習慣」で解決する【大槻邦雄の育成年代の「?」に答えます!】

サカママ読者の皆様、こんにちは。大槻です。

5月に入りました。少しずつ新しい生活にも慣れてきた頃でしょうか。GWが明けて、日中は初夏を感じさせるようなお天気でも夜には冷える日もあって、練習時の服装に困っています(笑)

各カテゴリーで公式戦が進んでいる中、熱心に指導するコーチの声や、お子さんのプレーを一喜一憂しながら見守る保護者の皆さんの姿があります。そこには「もっと上手くなってほしい」「試合に勝たせてあげたい」という、純粋で温かい愛情が溢れています。

しかし、その「良かれと思って」という想いが、時として子どもたちの成長の芽を摘んでしまうことがあるとしたら…。今日は、目先の勝利や見栄えの良いプレー、耳障りの良い言葉の裏側に潜む、育成の本質についてお話ししたいと思います。

1. 「強制」が生み出す見せかけの完成度と、その危うい代償

練習中、コーチの指示通りに完璧に動き、規律正しく振る舞うチーム。

一見すると、非常にレベルが高く、指導が行き届いているように見えます。たしかに、強制的にやらせれば、その瞬間は形になります。状況は関係なくベンチからの指示で細かく子どもたちを動かし、失敗を叱責で封じ込めれば、短期的に結果が出ることもあるでしょう。

しかし、これは「操り人形」の状態に過ぎません。

外からの圧力で動いている間は、子ども自身の「なぜ、このプレーが必要なのか」という思考が止まっています。強制された努力は、その場をやり過ごすための「作業」になり、本質的な技術の習得や、状況を判断する「インテリジェンス」にはつながりません

指導者の声が届かない場所、あるいは指導者がいなくなった途端、彼らはどう動いていいか分からず、立ち止まってしまうでしょう。この強制された「見栄えの良さ」は、本当の意味で個人の成長と言えるのでしょうか。

2. サッカーは「技術」を競う前に、「教育」の場である

私たちはつい、「サッカーの悩みはサッカーの技術で解決しよう」と考えがちです。トラップが下手だからリフティングをさせる、パスミスが多いからキックの練習をさせる。もちろん、それも大切です。しかし、サッカーというスポーツは、もっと広義の「教育」の側面を持っています。

サッカーの技術や戦術を学ぶことは、人生の土台を築くこととイコールです。ピッチ内で起きる問題は、実はピッチ外での振る舞いや考え方の投影であることがほとんど。目先の1点、目の前の1勝に囚われすぎると、スポーツを通じて育むべき「自立心」や「問題解決能力」といった、人生において最も重要な本質を見失ってしまうことになります。

「サッカーが上手い子を育てる」のではなく、「サッカーを通じて、どんな困難にも立ち向かえる逞しい人間を育てる」。この視点の転換が、結果としてその子のサッカー選手としての寿命を延ばすことになるのです。

3. 「やりたいこと」の前に「やらなければならないこと」に向き合う力

最近の育成現場で感じるのは、好きなこと(サッカー)には一生懸命になれるけれど、それ以外の「面倒なこと」から目を背けてしまう子がとても多いということです。

「宿題を後回しにする」「使った道具を出しっぱなしにする」「挨拶や片付けを疎かにする」。これらは一見、サッカーとは無関係に思えるかもしれません。しかし、これこそが「良い生活習慣」の根幹であり、サッカーのプレーの質に直結する部分です。

試合中には、必ず「自分にとって都合の悪い、面倒な局面」が訪れます。苦しい時間帯に走りきること、思い通りにプレーができないとき、守備の時間が続いているときなど。日常で「やらなければならないこと」に向き合えない子が、ピッチ上の極限状態でその責任を果たせるでしょうか

幼少期から、こうした小さな生活習慣を整えることは、技術練習以上に価値があります。生活習慣が乱れている選手は、どこかで必ず成長の壁にぶつかります。

4. 思春期というターニングポイント。後天的な変化には時間がかかる

なぜ、幼少期からの習慣化がそれほどまでに強調されるのか。それは、子どもたちの心身が劇的に変化する「思春期」の存在があるからです。

中学生前後、自分のアイデンティティを確立しようとする時期に入ると、親や指導者が生活習慣を正そうとしても、反発が先に立ち、なかなか素直に受け入れられなくなります。もちろん、人間は一生涯変わることができますが、染み付いた「面倒なことから逃げる癖」を後から修正するには、幼少期の何倍ものエネルギーと時間が必要になります。

「嫌なことだけど、やらなきゃいけないんだ」という意識や、自分を律する力。これらは思春期が来る前に、家庭生活の中で当たり前の「文化」として身につけておくべきものです。今、この時期に「楽な道」を選ばせないことが、将来の彼らを助けることになります。

5. 協調性と「人の想いを汲み取る力」

サッカーはピッチ上の11人、ベンチにいる仲間、保護者、サポーター、運営スタッフ、相手チームと一緒に創り上げるものです。そこで求められるのは、高い「共感力」と「協調性」です。

最近、仲間と協力できない、あるいは仲間のミスを許容できず攻撃的になってしまう子を見かけることが多くなってきました。子どもですから、すぐに人の想いを汲み取ることができるとは思いません。しかし、周囲の大人の働き掛けで、人の想いに触れることができるようになると思うのです。

自分の立場を守るために人に対して攻撃的になったり、強い言葉で人を攻撃したり…そういったマインドでは、チームとしてプレーすることが難しくなります。これはサッカーの技術以前の問題です。人の気持ちを察することができない選手は、自分勝手なプレーが多くなり、チームとして組織でプレーすることができず、結果として攻守において連携が取れないという状況に陥ります。

「自分が良ければいい」「自分が目立てばいい」という独りよがりな姿勢は、チームスポーツにおいて致命的です。日頃から家族や友人と対話し、相手の立場に立って考える習慣があるかどうか。サッカーのインテリジェンスとは、実はこうした「他者への想像力」から生まれるものでもあるのです。

6. 遠回りに見える「習慣」こそが、一番の近道

最後にお伝えしたいことがあります。

お子さんが試合で活躍できなかったり、練習でうまくいかなかったりすると、焦る気持ちはよく分かります。自分もそんな気持ちになることもあります。しかし、そこで「もっと練習しなさい!」と強制したり、答えをすぐに与えてしまったりするのは、お子さんの自立を妨げることになりかねません。

今、私たちが注目すべきは、ボールを蹴っている時間以外の「過ごし方」なのかもしれません。

たとえば…
元気よく挨拶はできていますか?
自分のことは自分でできていますか?
準備や片付けを率先してできますか?
「ありがとう」と言えていますか?

一見、サッカーの上達とは遠回りに見えるこれらの生活習慣こそが、子どもたちの「心の根」を太くします。根がしっかりしていれば、いつか必ず大きな花(サッカーの技術や結果)を咲かせることができます。逆に、根が細いまま枝葉(技術)だけを大きくしようとしても、強い風が吹けばすぐに倒れてしまいます。

目の前の結果に一喜一憂せず、お子さんの「人間としての土台」を一緒に育んであげてください。サッカー以前の当たり前のことを、当たり前にできる。そんな「良い生活習慣」を持った選手こそが、最後にピッチの上で輝きを放つのです。

これからも、子どもたちの未来を、長い目で見守っていきましょう。

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