安心感(心理的安全性)が、本当の声(言葉)を育てる。学校で一歩を踏み出し始めた娘に学ぶ、声の出せないセンターバックの見守り方
子どものサッカーを見ていて、「なかなか声を出せないな…」と心配になることはありませんか?
指導者や保護者から、
「もっと声を出して」
「自信持って」
と言葉をかけられてしまいがちですが、子どもの日常を観察していると、声を出すかどうかは、性格だけの問題ではないことに気づかされます。
それは、「本人がどれだけ安心してそこにいられるか」に、とても深く結びついているように感じています。
日常で見せる娘の姿
我が家の娘のことをお話ししたいと思います。
もともとコミュニケーションをとるのが苦手な娘ですが、しっかり者で努力家、気が利く優しい性格の子です。学校での娘は、決して最初からクラスの先頭に立って目立つようなタイプではありませんが、どちらかといえば、自分のペースを大切にしながら、何事にもコツコツとひたむきに取り組んでいます。
そんな娘は、最近、明らかに変わってきました。
学校で気の合う大切な友達ができたことをきっかけに、毎日がとても楽しそうになりました。学校から帰宅後も、今までは家族が一緒でなければ出かけようとしなかった娘が、自分から自転車に乗って、1人で友達と遊びに出かけるようになりました。
それだけでなく、授業中にも自分から手を挙げて発言する場面が増えているようで、発言できたこと、発言が正解だったことを嬉しそうに報告してくれることが多くなりました。
安心できる大好きな居場所や仲間の存在があれば、子どもはこんなにも自分の世界を広げ、自分を表現できるようになるんだと、日常の娘の姿が教えてくれています。

センターバックというポジションが生む、慎重さ
そんな娘ですが、サッカーのピッチに立つと、まだどこか慎重で、思ったように大きな声を出せないという課題があります。
娘は、小学6年生になり、センターバックを務めることが増えました。
センターバックは本来、味方の位置や相手の動きを一番後ろから確認して、ラインのコントロールやマークの指示など、誰よりもたくさん声をかける役割のポジションです。
本人も「声を出すべきだ」と頭では分かっていると思います。
しかし、しっかり者の子ほど、サッカーという正解のないスポーツで慎重になります。
もともとよく気が利き、責任感が強い努力家だからこそ、
「自分の指示が間違っていたらどうしよう」
「自分の声のせいで、チームのディフェンスが崩れたらどうしよう」
と、無意識にチーム全体のことを背負って、言葉を慎重に選んでいるからこそ、声を出すことを躊躇しているように感じます。
声が出せないという姿の背景にあるもの
大人はつい、ピッチで大きな声を出して目立つ子を評価しがちですが、なかなか声を出せない子の内面にも、それなりの理由があると思います。
「今どんな言葉をかければいいのだろう」と、周囲の状況、仲間の特徴をよく見ているからこその慎重さであり、優しさであり、それは決して悪いことではないと思います。
あえて声を抑え、プレーの邪魔をしない、黙々と後ろを支える、という調和を選択している可能性があると思います。
だからこそ、「声を出して」と求めるのは逆効果で、自分の慎重さや優しさが否定されたように感じ、プレーが委縮してしまう可能性すらあるかもしれません。
また、チームの中に、お互いのリスペクトが不足した張り詰めた空気感が存在していることも考えられます。特に女子選手は、周囲の空気を敏感に察知します。
「味方に文句を言われるかもしれない」
「自分の指示が間違っていたら責められるかもしれない」
そんな不安や理不尽が付きまとう環境では、自分を守るために、自然と口を閉ざすのは当然のことだと思います。

無理に声を出させようとしない、大人の関わり方の大切さ
学校で信頼できる友達ができたことで、授業中に手が挙がり、1人で自転車に乗って友達の元へ駆け出すようになった姿が、大切なことを教えてくれています。
子どもが、自分を外に表現できるようになるために必要なのは、「声を出して」と大人が強制することをやめ、その子の慎重さや、周囲をよく見ている姿勢をそのまま認めることだと思います。
そして、信頼できる仲間がいて、お互いをリスペクトし、チャレンジを認めあい、リラックスしてプレーできる高い基準の育成環境を用意して、その子が安心して声を出すのを待つことだと思います。
子どもは、
「ここなら間違えても誰も責めない」
「自分の声を温かく受け止めてくれる」
という確かな安心感(心理的安全性)が得られたとき、初めて自分の意思で声を出せるのだと思います。
いつか、ピッチの上で、娘本来のしっかり者で気が利く良さが、無理のない自然な言葉となってディフェンスラインから溢れ出す日を、これからも焦らず温かく見守っていきたいと思います。