
日本代表に明確な目標を与えた遠藤航の功績。そして再起へ「リバプールのために全力で頑張ります」
プレミアリーグから下部の下部まで、老いも若きも、人間も犬もひっくるめて。フットボールが身近な「母国」イングランドらしい風景を、在住も25年を超えた西ロンドンから山中忍が綴る、連載コラム『Good Times Bad Times 〜フットボール春秋〜』。
今回は、現地ダラスで観戦したスウェーデン戦、そして「ENDO 6」のいない日本代表の2026年W杯を見届けて。
キャプテン就任とともに掲げた「W杯優勝」という目的地
日本代表にとっての2026年W杯は、決勝トーナメント1回戦で幕を閉じた。出場チーム数が48カ国に増えた今大会では、32強の段階。2002年以来の鬼門である16強の手前で敗退となった。
だが個人的には、PK戦でクロアチアとの16強対決に敗れた前回大会よりも、ポジティブな後味を残してくれたと感じている。惜敗(2-1)の相手が、より格上のブラジルだったからというわけではない。ブラジルにすれば使命なのだろうが、日本も、目標としては「優勝」を堂々と掲げられると確信できたからだ。5度の優勝歴を誇るブラジルのような「格」を身につけるには、まだまだ時間を要する。それでも、優勝の可能性を訴えるだけの「質」は、個と集団の両レベルで示すことができた。
その大目標を、代表チームと代表ファンに与えたのが、まさかの負傷離脱を余儀なくされ、代表引退を決めることになってしまった遠藤航だった。もちろん、3年前の正キャプテン指名を受けて、「優勝」の2文字を口にすることができた背景には、90年代に日本もW杯出場を狙えるのだと思わせてくれたFW三浦知良から、キャプテンマークをつけるCBとして代表史上初の8強進出に迫った日本を支えた吉田麻也まで、過去の主軸たちによる活躍がある。
しかしながら、それこそ中学時代から、担当顧問と並ぶ「引率者」のような役割も担う部活でキャプテンシーの基礎を身につけていた遠藤が、明確な“目的地”を示していなければ、日本は過去24年間の流れに添い、漠然と「16強の壁」を意識して今大会に臨んでいたかもしれない。
大それた目標だとする意見は、日本国内からも聞こえてきた。しかし、具体的なターゲットを得た代表の取り組みに、「W杯で優勝するためには」というテーマが加わったことは間違いない。しかも、現実味を増すことになるテーマだ。
日本は今夏のW杯で優勝を目指していると伝えると、「いいんじゃないか?」と反応したのは、イングランド代表番記者の第一人者であるヘンリー・ウインターだった。3月末のテストマッチで、日本がイングランドを下した(0-1)直後の会話だったのだが、「イングランド人は毎回そう言っているが(苦笑)、信じることは大切だ」と言っていた。
旧知の英国人記者だけではない。5月上旬、ブライトンの練習場で、マキシム・デ・カイペルを取材した時のこと。ベルギー代表DFの彼に、「日本は8度目のW杯に優勝を目標として臨むのだけど、出場15回目のベルギーから見て、少なくともダークホースだとは思える?」と訊ねると、「“イエス”と答えてほしい?」と切り出して笑いながら、こう言っていた。
「日本は大きな進化を遂げてきたチーム。相当に進歩している。オランダ人のチームメイトには『(初戦で対戦する)日本はかなり自信も強めているし、気をつけた方がいい』と言っているんだ。正直ベースで、日本の躍進が見られるんじゃないかと思っているよ」
6月に入って開幕が近づくと、手にした『サンデー・タイムズ』紙のW杯観戦用付録には、注目国の1つとして日本が挙げられていた。前述のヘンリーからは、「日本はいいところまで勝ち上がれると思う」とのメールも届いた。
不撓不屈のチームスピリットを体現するリーダーでもあった
実際に北中米大会に臨んだ日本に関しては、デ・カイペルのチームメイトでもある三笘薫の負傷欠場が、最大の痛手として騒がれたことは事実だ。33歳の遠藤離脱には、日本にいる筆者の友人間さえ、佐野海舟や田中碧の先発機会が増えることから、「ちょうど良い潮時」とする意見があった。
事実、25歳の佐野は、ブラジル戦で中盤から持って上がると、低弾道の先制ゴールまで決めてみせた。グループ2位通過でブラジルとの対戦が決まった6月25日のスウェーデン戦(1-1)、27歳の田中が、今大会でチームの中枢と化した鎌田大地との2ボランチで披露した渾身のハードワークには、近くの席で「碧、すっげえ! めちゃめちゃ強い!」と声を上げていた、青年ファンと同感だった。
だが、ケガがなければピッチ上にいたであろう遠藤は、リバプール移籍1年目だった2023-24シーズンに証明済の「プレミア級6番」であるばかりか、言葉でも背中でも周囲を牽引できるリーダーシップの持ち主でもある。最終的に日本を下すブラジルでは、ヘディングで同点ゴールも決めたMFカゼミロが、「チーム最大の強みはメンタリティ」とコメントするのだが、日本にとっての遠藤は、そのような不撓不屈のチームスピリットを体現するリーダーでもあった。
スウェーデン戦で、後半早々に前田大然が先制のネットを揺らすと、スタンドでは「いけるぞ!」「やれる、やれる!」などと、32強でのブラジル戦回避を意味する、オランダとのグループ首位争い逆転勝ちを信じるファンの声。結果的に回避はならなかった後でも、筆者の携帯には「次はブラジルでも、勝ち上がっていけるといいね」とのメッセージ。85歳になる母親からだった。こうした老若男女を問わない国民の期待感は、遠藤がキャプテンとして代表を引っ張ってきた3年間の賜物だろう。
選手キャリアは続く。「まずは心身を癒して」と伝えた筆者に…
それだけに、スウェーデン戦の会場となったテキサス州ダラスのAT&Tスタジアムで、ゴール裏の最上階に貼られた横断幕にある遠藤の名前を目にしながら、アメリカ、そして代表を去った本人の無念を思わずにはいられなかった。単発でのグループ最終節観戦は、2月半ばのリーグ戦で左足の甲を負傷し、人工靭帯の移植手術を経た遠藤が、最も長く復活の姿を見せてくれるのではないかと予想してのことだった。

日本での壮行試合となった前月末のアイスランド戦(1-0)では、遠藤でなければ前半45分間のプレーすら難しかったと思える痛みを抱えていたと理解していた。しかし、「少しずつ良くなっている」とのことで、代表がベースキャンプを置いたテネシー州ナッシュビルに移る頃には、「かなり痛みも引いている」と聞いていた。英国時間の6月11日夜に知った離脱と代表引退の発表には、あまりのショックと気の毒さで、しばし眠れなかった。
遠藤自身は、「何も後悔はありません」とSNSを通じて述べている。やはり、さすがのメンタリティだ。いつも冷静に、全体を眺めて判断のできる“前キャプテン”の公式声明には、「日本代表がW杯で優勝する瞬間は必ずきます」ともあった。スウェーデン戦後、舞台裏でのチーム支援のために帯同している吉田が掲げた「ENDO 6」の代表ユニフォームを眺めながら、心の中で「ありがとう」と繰り返す自分がいた。翌週、イングランドに戻ってテレビで見届けた対ブラジル逆転負けを、周りのイングランド人たちは「日本の32強敗退はアンラッキー」と評するのだった。
日本の戦いが終わる前に、自らの代表キャリアに終止符を打った遠藤だが、選手キャリアは続く。代表選手として、W杯の舞台で集大成を披露することはできなかったが、リバプールの遠藤としての現契約最終年にあたる来季が控えている。英国の専門医に勧められた金属プレート挿入手術は選択しなかったことから、プレート除去手術で再び戦列を離れる必要はない。
「まずは心身を癒して」と伝えた筆者に、「新シーズン、リバプールのために全力で頑張ります」と返してくれた遠藤。7月の声を聞く頃には、アンドニ・イラオラ新体制下でのプレシーズンに備えた「始動開始」が、自身のSNSアカウントや国内メディアで伝えられた。この頼もしいメンタルの持ち主が先頭に立ってきたからこそ、日本は前回大会での成績を下回る32強敗退とは裏腹に、「優勝」を狙う資格のあるチームとして評価を上げた。そんな思いを強くした、26年W杯だった。