
【北中米W杯の戦術トレンド】「“1+9構造”の優位」:CLとは異なる、スターを生かすW杯の論理
クラブサッカーが戦術の最先端を切り開く一方で、4年に一度のW杯はその潮流を映し出すだけの舞台ではない。選手の組み合わせや準備期間、そして一発勝負ならではの環境は、クラブとは異なる“勝ち方”を生み出していく。では、北中米W杯ではどのような傾向が見られているのか。本特集『北中米W杯の5つの戦術トレンド』では5人の識者が、それぞれ最も印象に残った「戦術トレンド」を1つずつピックアップ。5つの視点からW杯の論理を掘り下げる。
1つ目のトレンドは「“1+9構造”の優位」。欧州クラブの最前線では、誰一人として守備を免除されない。パリ・サンジェルマンが示した攻守一体のスタイルは、その象徴と言える。しかし、北中米W杯では異なる景色が広がっている。スターを攻撃に専念させ、残る9人で支える“1+9構造”が依然として強豪国の武器になっているのだ。クラブと代表。それぞれ異なる競技環境が導いた“2つの最適解”を考える。
パリSGが示す「全員型」と、W杯に残る“1+9構造”
W杯には、スターを攻撃に専念させ、残る9人で支える“1+9構造”のチームがいくつかある。典型はアルゼンチンで、「1」はいうまでもなくリオネル・メッシだ。国民的スターを抱える代表チームはこのタイプになりやすい。スターアタッカーを残りのフィールドプレーヤー9人で支える。
一方でスターのいない、スターを特別視しない全員攻撃・全員守備を志向するチームもある。
クラブチームではUEFAチャンピオンズリーグ(CL)を連覇したパリ・サンジェルマン(パリSG)が戦術的にも最強だろう。
10人がマンツーマンの最大圧力の守備。トップスターであるウスマン・デンベレに相手のビルドアップにおけるキーマンを徹底マークする重責を負わせている。これだけでもう次元が違う感じなのだが、マンマークによってベースポジションから離れ、選手間の関係性が変わることも何とも思っていない。
攻撃ではビティーニャの絶対的キープ力、展開力によって相手のハイプレスを無効化する力を持つ。守備だけでなく攻撃でのデュエルの強さは際立っていて、相手が仕掛けるマンマークのプレッシングを個で打ち破ってしまう。
パリSGはハイプレスとビルドアップの攻防で攻守ともに無双なので圧倒的戦術強者となっているわけだ。決勝で対戦したアーセナルは、パリSGにハイプレスは危険しかないと悟り、高いブロック形成はしてもハイプレスはしなかった。
では、W杯ではどうなっているのか。
ハイプレスに関しては相手を見て自重するというより、自分たちの事情でハイプレスができない、やる前から諦めているケースが多いかもしれない。攻め込み直後のトランジションは別として、ミドルゾーンのブロックからのハイプレス移行でポイントになるのはプレスのスイッチが入るかどうかだ。
ビルドアップ側は最後尾付近に数的優位を作ってボールを確保し、そこからの前進を図る。守備側はまずカバーシャドーで背後の受け手を制限し、その上で1人を前方へ送って同数守備に移行する。その際にカバーシャドーができていないと、前進守備でフリーにする相手選手への縦の受け渡しが間に合わず、かえって前進を容易にしてしまうので、カバーシャドー+前進守備がハイプレスへのスイッチを入れる条件だ。
およそどのチームもカバーシャドーは行っている。ただ、そこから必ずしもハイプレスへの移行にはならない。スイッチを入れても1発でプレスがはまるとは限らず、やり直しや2度追い3度追いになることもあるが、そこまでのエネルギーを使えない選手がいるからだ。
アルゼンチンは最初からハイプレスをするつもりがない。メッシもカバーシャドーはするが、それ以上の献身的な守備はしない。9人のハイプレスはリスクが大きく、アルゼンチンは強固なミドルブロックの形成に専念している。クリスティアーノ・ロナウドのポルトガルもハイプレスは徹底できないし、左ウイングのビニシウス・ジュニオールを攻め残すブラジルは守備への可変がひと手間あってハイプレスどころではない。
ベルギーはトップ下のケビン・デ・ブルイネが主に相手のアンカーへのマークを担当しているが、そこから前進してハイプレスに移行するケースがあまりない。
1+9構造のチームはスイッチが入りにくくハイプレスを徹底させるのが難しい。ミドルブロック形成がメインにならざるをえないようだ。
ミドルブロック時代に問われる、ブロックを壊す「個」
日本はミドルブロックからハイプレスへの移行が速く、全員守備はプレスバックの速さにも表れていた。日本のハイプレスが発動した時には、ブラジルでも満足なビルドアップができていない。
エクアドルも寄せの速さ、デュエルの強さが抜群で、グループステージのドイツ戦ではドイツがまともにパスをつなげない状態だった。しかし、ラウンド32のメキシコ戦ではハイプレス時のハイラインの裏を突かれて失点している。ハイプレスにリスクはつきもの。そこを管理するために日本はハイプレスに移行する時、しない時を使い分けていた。
しかし、使い分けをしても90分間ハイプレスを継続するのは難しい。そのためのスイッチが入らない場合もあるが、それ以上に疲労で強度が落ちてできなくなる。守備の強度、連動性の高いチームほど消耗も激しく、強度維持のために60分を目安にした交代が必要になっているが、交代をしても強度を上げられない場合もあり、ブラジル戦の日本がそうだった。
ハイプレス移行ができるチームでも基調となるのはブロック形成なのだ。ミドルブロックはローブロックへ下げられることも想定していなければならない。
守備がブロック中心なので、攻撃は相手のブロックをいかに突破してフィニッシュするかが焦点になる。その点で1+9のチームは「1」の威力を使える。メッシ、ビニシウス、キリアン・エムバペなどはそのための「1」なのだ。
ハイプレスは少ないので攻撃側はボールを運ぶことにさほど大きな支障がない。そこから崩す力の有無がポイントになるので、W杯ではスターアタッカーを擁するチームが有利といえそうだ。
特定のスターにフィニッシュワークを集中するのではなく、流動的な攻め込みによる分散型のフィニッシュをするモロッコはチャンスメイクが多いわりに得点は取れていない。
一般論でいえば決定力の高い選手にフィニッシュさせた方が決定率は高くなる。ただ、分散型でも米国や日本は決定率が高い。米国は縦への推進力が強く、カウンターの攻め込みなのでフィニッシュが比較的容易でフィニッシャーを選ばない。日本は決定機の形が多彩でシュートを打てば入りそうな状況を作っていた。分散型でもチャンスの作り方、その幅によって得点効率は良くなる。ただ、特別なフィニッシャーがいると難しい状況からでも得点できるメリットがある。
CLとW杯、それぞれの“最適解”
数の上では全員型が多数派だ。
米国、日本、モロッコ、ドイツ、オランダなど、多くのチームがこちら側である。一方、強豪国に限ればアルゼンチン、ブラジル、フランス、ポルトガルと1+9型が多い。ノルウェー、イングランド、スペイン、ベルギー、メキシコは若干1+9寄りの全員型だろうか。
W杯で優勝したチームは8つしかない。ウルグアイ、イタリア、ドイツ、ブラジル、イングランド、アルゼンチン、フランス、スペインだが、ほとんどの場合はスーパースターの活躍とセットだ。大番狂わせだった1954年の西ドイツ、やはり特定のスターアタッカーがいなかった2014年のドイツ、2010年スペインが例外としてあるが、強固な守備を破壊する個人の存在は依然として重要である。
スターアタッカーも守備組織に組み込まれているパリSGを筆頭としたCLにおける進化の方向性と、W杯では歩調が異なるようだ。W杯ではローブロックの強固さ、奪取直後にカウンタープレスをかわす力、相手のブロックをこじ開ける力がより重要で、攻守一体化のCLとは違って攻守が分離したバスケットボールやハンドボールに近づく方向性なのかもしれない。