裸足、マラカナ、欧州資本。北中米W杯最年少のコートジボワール代表を強くする育成システムの正体
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裸足、マラカナ、欧州資本。北中米W杯最年少のコートジボワール代表を強くする育成システムの正体

『ポジショナルプレーのすべて』の著者で、SNSでの独自ネットワークや英語文献を読み解くスキルでアカデミック化した欧州フットボールの進化を伝えてきた結城康平氏の連載『TACTICAL FRONTIER ~進化型サッカー評論~』。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つ“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代フットボールの新しい楽しみ方を提案する。

今回は、平均年齢25.35歳という北中米W杯出場48カ国で最も若いチームとなったコートジボワール代表を取り上げる。ドログバやヤヤ・トゥーレを擁した黄金世代の後、アフリカの大国はいかにして新たな才能を生み出しているのか。アボボのストリートフットボール文化、「マラカナ」と呼ばれる独自の6vs6ゲーム、ASECミモザの裸足トレーニング、そして欧州クラブやFIFAによる投資――。若き代表チームを支える育成の仕組みを追いながら、コートジボワールが示すアフリカ育成モデルの現在地を探る。

ジェルビーニョ、ボニー、O.ディオマンデを育てた才能の街”アボボ

「エレファンツ」という愛称でも知られるアフリカ大陸の強豪国は、チェルシーで活躍したFWディディエ・ドログバや、マンチェスター・シティでチームの中心となったMFヤヤ・トゥーレなど、多くのスター選手を輩出してきた。彼らを中心とした黄金世代は3度のW杯(2006年・2010年・2014年)でプレーしたが、グループステージ突破は果たせなかった。

3大会ぶりにW杯の舞台に戻ってきた新チームの特徴は、その若さだろう。平均年齢が25.35歳という今大会最年少のスカッドを率いるのは、現役時代にコートジボワール代表としても活躍したエメルス・ファエ。アフリカのサッカー大国はどのように、若き才能を磨いてきたのだろうか。

貧困から抜け出すための「手段」としてのフットボールは、いつの時代も偉大な選手を育ててきた。アフリカや南米はハングリーな選手を発掘し、育てることで成功してきた面もある。コートジボワールの最大都市アビジャン北部に位置するアボボは、中心部のココディ地区からタクシーで10分の距離にあり、多くの優秀なフットボーラーを育ててきた地域としても知られる。アーセナルやローマで活躍したジェルビーニョ、スワンジーやマンチェスター・シティでもプレーしたウィルフリード・ボニー、レバンテやウィガンを前線からけん引したアルナ・コネがアボボの出身であり、ここ最近ではウスマン・ディオマンデ(スポルティング)がこの地域からヨーロッパのトップレベルに駆け上がっている。オリンピック・アボボはO.ディオマンデが少年時代にプレーしたアカデミーだが、このクラブの創始者であるアムザ・ガマルは次のようにコメントしている。

「フットボーラーを探したかったら、ココディではなくアボボに来るべきだ。ここには、多くのタレントがいる。フットボールは貧困から脱出する手段であり、少年たちはフットボールで有名になりたいと願っている。それは、金を稼ぐ手段なんだ。ココディに行っても、良い選手はいない。そこにいる少年たちは、裕福な生活を送っているからだ」

グラウンドを含めたアカデミーへの設備投資が難しい状況に苦しんでいるオリンピック・アボボだが、ガマルが運営してきたアカデミーは設立から20年で6人の代表選手を育ててきた。ユース代表レベルであれば、このアカデミーから輩出してきた選手数は数えきれない。多くの少年たちが生きるために窃盗を繰り返すアボボにおいて、フットボールは1つの希望になっている。

コートジボワール版「マラカナ」が育む路上のテクニック

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「マラカナ」という言葉を聞けば、多くの人はブラジルの伝説的なスタジアムを思い浮かべるだろう。ブラジル代表にとっての聖地であり、W杯決勝を2度開催した場所だ。コートジボワールの人々にとっての「マラカナ」は全く違うものだが、もともとの語源はスタジアムだった。1973年に初代大統領フェリックス・ウフェ・ボワニが20人の学生をブラジルへ派遣した。彼らは現地のフットボール文化に触れ、その経験をもとに「マラカナ」を考案した。それは狭いピッチでの6vs6ゲームであり、フットサルに近い。最初は大学でエリートたちが行うスポーツだったが、このスポーツは急速に国中に広がっていった。小さなゴール、GK不在、そしてハンドボールコートほどの広さしかないピッチでプレーするこのスポーツで、少年たちはテクニックを磨いている。

アビジャンの何もない広場では、若者たちが砂の上でドリブルを繰り返している。ゴールの代わりに置かれているのは、即席のゴールポストとして使われた2本のタイヤだ。フットサルと同様に、多くのサッカークラブが選手の技術を鍛えるトレーニングにマラカナを採用している。

ASECミモザの哲学。「裸足トレーニング」が磨くボール感覚

名門クラブであるASECミモザは、多くのコートジボワール人サッカー選手にとって重要なステップとなる存在だ。1948年に創設されたこのクラブは、1993年に「アカデミー・ミモシフコム」という育成機関を設立し、コートジボワールサッカーの常識を根本から覆した。ソル・ベニを拠点とするこのアカデミーでは、選手の技術的能力を磨くだけではなく、人間としての総合的な成長も重視している。このアカデミーで最も有名な育成法が「裸足トレーニング」だ。

将来有望な子どもたちは、育成初期の数年間、スパイクを履かず、丁寧に整備された滑らかな芝生の上で裸足のままトレーニングを行う。それが、ASECミモザで受け継がれてきた独自の哲学なのである。マラカナによって繊細なボールコントロール技術を学んだ少年たちがクラブのアカデミーでもテクニックを最優先する哲学をベースに鍛えられることで、欧州や南米にも見劣りしないボールテクニックの選手たちが育ってくるのだ。アカデミーの卒業生として、ジャン・ミシェル・セリ(マリボル)とオディロン・コスヌ(アタランタ)が今回のW杯でもメンバーに選出された。そしてこのアカデミーと提携するのが、元フランス代表のジャン・マルク・ギユーが設立したJMGアカデミーだ。このアカデミーからも、多くの優秀な選手がヨーロッパに移籍している。

欧州クラブとFIFAが期待する「次の才能」

若いチームでW杯に挑むコートジボワールにとって、ポジティブな要素の1つが「海外からの投資」だろう。ヨーロッパのクラブはアフリカの才能を発掘するための投資を惜しむ気はなく、ポルトガルのベンフィカがベンフィカ・キャンパス・コートジボワールというプログラムで育成とスカウティングを実施しており、ACミランもコートジボワールでACミランアカデミーを運営している。

FIFAは「FIFA Forward」プログラムを通じてコートジボワールサッカー連盟を支援しており、ビングルビルのナショナルトレーニングセンター改修には400万ドル超の資金が投入されている。ナショナルトレーニングセンターの既存施設が改修されるだけではなく、新しい施設も建設される予定だ。プールなどの設備は刷新され、さらにエリートレベルのサッカーに求められる基準に対応した新施設が建設される。その中には、医療エリア、宿泊施設、最新設備を備えたジム、そして専用のトレーニングセンターなどが含まれ、各年代のコートジボワール代表チームや国内クラブチームがこの施設を利用できるようになる。このセンターは若い才能を発掘し、育成するための新たな機会も提供することになるだろう。

幼少期からボールに触り、テクニックを育む環境が整っているのがコートジボワールの強みで、アフリカの各地で成功しているアカデミーの存在も彼らを助けている。例えばシモン・アディングラ(ブライトン)は、ガーナのトップアカデミーであるライト・トゥ・ドリームの出身だ。そして北欧とのコネクションにより、多くの選手が最初のステップとして北欧のリーグで経験を積む。アディングラはデンマークのノアシェラン、O.ディオマンデは結局ファーストチームでプレーしなかったがミッティランに移籍している。アメリカの育成環境を経て欧州へ渡ったヤン・ディオマンデのような特殊なルートで成長した選手も加わっており、今のコートジボワール代表には多様性がある。

コートジボワールの強みは、アボボの路上から生まれる原石と、欧州型アカデミーによる洗練が同時に存在していることだろう。地元で育つ選手たちをどのように発掘し、エリートへと育てていくのか。そして国外で成長した選手たちといかに融合させるのか。若い代表チームの現在地は、そのままアフリカ育成モデルの未来を映し出している。

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