トランプ大統領とFIFA、政治がサッカーに介入したことを公に認めた“バログン事件”備忘録
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トランプ大統領とFIFA、政治がサッカーに介入したことを公に認めた“バログン事件”備忘録

トランプ大統領の要請でFIFAがフォラリン・バログンの出場停止処分を猶予した事件、いわゆる「バログン事件」はアメリカ代表の大敗、という形で幕を閉じた。幕はいったん閉じたが、汚点としてサッカー界の歴史に残り続けるだろう。

ベルギー戦でのアメリカは人が変わったかのような戦いぶりだった。地元の大声援を受けてどんどん前から仕掛けていくチームだったが、人が変わったかのような「無気力」とまでは言わないまでも極端にインテンシティと集中力を欠くプレーを続けた。特に、自陣ゴール前では緩く甘いマークや凡ミスで失点を重ねて自滅していった。“裏から手を回して有利にしてやったから勝てよ”と言われて喜ぶスポーツマンはいない。勝っても特例のおかげと言われるだけではないか。自国の最高権力者とサッカー界の最高権威FIFAの振る舞いを選手たちは恥じ、戦うメンタルではなかったことが想像できる。

ゴールゲッターでありスターであるバログンを出場させれば監督と選手は感謝し、チームのパフォーマンスが向上し、ファンは大喜びで、2002年日韓大会以来のベスト8入りともなれば支持率急上昇も間違いない、と皮算用していたのは、どんな手を使っても儲けた者が勝ち、という世界に生きる商売人(の中でも最も程度が低い)だけだった。トランプは立派なスポーツマンだったと自称していたが大したプレーヤーではなかったのだろう。一方、FIFAの方はスポーツマンの代表であって商売側ではないはずなのだが、いったいどうしたのだろう?(笑)

電話一本”胸を張る大統領…FIFAは何と言った?

今回の事件は、政治がサッカーに介入したことを公に認めた、という点で画期的だった。ぜひ記憶しておきたいのでここに記しておく。

今まで黒い噂でしかなかった政治のサッカーへの介入がW杯という世界的イベントで白日の下にさらされたのは、トランプのおかげである。こっそり電話して裏取引をするのが普通だが、大統領にとってはお得意のディールで有利な条件を勝ち取った大手柄なので胸を張らないわけがない。FIFAはお気の毒だった。ルールは全員のもののはずで、公正で公平なはずのコンペティションの大原則がこの事実によって崩れてしまった。フェアプレーなんてどの口が言うのか、と責められる前例を作ってしまった。トランプのSNSや会見での発言を目にした時のジャンニ・インファンティーノ会長の驚愕の様子が目に浮かぶ。電話の件、黙っておいてくれれば、FIFAは“我われはルールを適用しただけ”と言い逃れられて、独立性や透明性は表面的には保たれたはずだった。W杯開催地選び絡みの汚職や八百長などのあまたある疑惑同様、疑惑は疑惑のままで終わっていたはずだったのだ。

インファンティーノの会長の資質が問われることもなかったはずだ。インファンティーノとトランプは大のお友だちである。結び付けているものが友情なのか、スポーツなのか、お金儲けなのかはわからないが気が合うのだろう。本人たちも仲良しぶりを隠していない、否、見せつけている感すらあるのはW杯の組み合わせ抽選会を見てよくわかった(https://www.footballista.jp/regular/211835)。大統領と会長の熱愛ぶりにこっちまで気恥ずかしくなり、会長は大統領に「FIFA平和賞」なるものまで贈呈してしまうのである(この3カ月後に大統領はイラン爆撃を開始した)。

こんなふうだから、トランプも電話したと言っているし、親友の頼みをインファンティーノが吞んだのだろう、という想像が付いてしまう。嫌々なのか、喜んでなのかはわからないが、あの抽選会の様子だとたぶん後者だろう。「政治の圧力に屈した」と言える状況ではないのが、サッカーを愛する者として残念である。

今回の決定、FIFAは正当化を試みたが当然できていない。“お友だちの頼みでルールを曲げた”とは口が裂けても言えない。では、何と言ったか?

7月6日、FIFAは懲罰委員長名で長い、長い声明を発表した。

https://media.fifa.com/en/tournaments/mens/fwc2026/news/statement-from-the-chairperson-of-the-fifa-disciplinary-committee-6-july-2026

いかにも法律家の文章らしく条文の引用が多く、繰り返しもあり読むのがうんざりする。暇な人は読んでほしいが、みんな暇じゃないと思うので私が要約する。

●バログンは著しく不正なプレーでレッドカードをもらった。
※木村注:ラウンド32のボスニア・ヘルツェゴビナ戦、2人の選手がもつれ合う状況の中で相手のアキレス腱を激しく踏みつけてしまう。故意ではないが、著しく不正なプレーに故意か否かは関係ない。

●退場後にゴールセレブレーションに参加する違反で罰金を科した。

●退場処分により自動的にベルギー戦は出場停止となる。

●しかしながら、懲罰委員会は懲罰規定第27条を適用して出場停止処分の1年間猶予を決めた。懲罰委員会はすべての処分を猶予する裁量権を持っているのである。

●第一に、懲罰委員会は独立した機関である。

●第二に、懲罰委員会はレッドカードを撤回したのではない。逆に、レッドカードを再確認した。

●猶予はすべての状況とすべての証拠を考慮して決められた。

●いかなる他のルールも猶予する権利を侵害するものではない。

●レッドカードをチェックするのはモダンサッカーでは当たり前。例えばUEFAに所属する各国リーグではレッドカードの取り消しが日常的に行われているが、それで「レッドラインを超えた」という心配の声は上がっていない。加えて、繰り返しになるが、レッドカードは撤回されていない。処分の猶予という手段は、撤回に比べてよりバランスの取れたものである。

合法なのはわかった。だが、問題はそこではない

この懲罰委員長の声明、すっきりしないと思いませんか?

細かいところからいうと、「レッドラインを超えた」の部分はUEFAが今回の猶予を「レッドラインを超えた」と表現したことへの返答。この部分、論理のすり替えが行われているのはわかりますか? そうレッドカードの撤回は、クラブの不服申し立てによって懲罰委員会がプレーを再検討した結果として日常的に行われている。しかし、今回のバログンの件は、処分の猶予である。処分の猶予は日常的に行われていないというか、聞いたことがない。

声明でよくわかったことは処分の猶予は合法である、ということだ。そういうルール(懲罰規定第27条。スペイン語にして10行ほどの短さ)があって、そのルールに則り合法的に猶予された。

過去にも合法的な猶予は過去に2回行われている。

1962年W杯チリ大会で準決勝でレッドカードをもらったブラジルの中心選手ガリンシャが猶予を受けて決勝でもプレーした(その結果、ブラジルが優勝した)。ブラジル連盟の「素晴らしいアスリートで規律正しい人間なので」という懇願をFIFAが受け入れた結果だった。

昨年11月、暴力行為(肘打ち)で3試合の出場停止となったクリスティアーノ・ロナウドが1試合を消化した時点で、残り2試合出場停止処分の猶予をもらい今大会のグループステージ第1戦(対DRコンゴ)、第2戦(対ウズベキスタン)の出場が可能になった。

合法なのはわかった。だが、問題はそこではない。

ごっそり抜け落ちているのは、なぜバログンだったのか?の説明だ。インファンティーノ会長も合法だ、猶予は初めてではない、懲罰委員会は独立した組織で私は関与していない、と反論しているものの肝心の、なぜこのタイミングで、なぜバログンだったのかという問いには沈黙したまま。あの長ったらしい反論と対照的過ぎる無視と完全沈黙――。しらばっくれて逃げようとしているようにしか見えない。先の第27条にも規定の適用条件等の記述は一切ない。つまり、FIFAにとってはある意味使い勝手の良い規定ということだ。

写真/Getty Images

#社会深掘り #W杯の舞台裏