メッシら南米選手にグリーズマンや槙野監督も…「マテ茶」がサッカー界で愛され続ける理由
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メッシら南米選手にグリーズマンや槙野監督も…「マテ茶」がサッカー界で愛され続ける理由

1989年からアルゼンチンで生活し、30年以上にわたってウルグアイ人の夫と暮らす中でごく自然にマテ茶に親しんできた筆者。2024年にはアルゼンチンで日本人初となる“マテ茶ソムリエ”のディプロマを取得した。今やサッカー選手たちのトレードマークの一つとなったこの“南米発祥の独特の文化”は、どのようにしてサッカーの現場で注目を浴びるようになったのか。その歴史と魅力を、現地ならではの視点から探っていく。

南米の人々に寄り添ってきた飲み物「マテ茶」とは?

サッカーファンなら誰もが一度は、クラブハウスやロッカールームで、またはチームバスから降りてくる場面で、アルゼンチンやウルグアイの選手たちが「マテ茶」を手にしているのを見たことがあるだろう。

カタールW杯で優勝した翌朝、リオネル・メッシが起き抜けにベッドでトロフィーを抱えながらマテ茶を飲んでいる写真を自身のSNSに投稿して話題を呼んだ。最近は日本でも、元日本代表DFで現在は藤枝MYFCの指揮を執る槙野智章監督がマテ茶片手に采配を振る様子が注目を集めている。また、現在開催中のW杯でも、韓国代表のチョ・ギュソンがマテ茶を持ってスタジアム入りしたところが目撃されている。

「マテ」と呼ばれる独特の形をした専用のカップに茶葉を入れ、 「ボンビージャ」という金属製のストローを差し込み、こまめに湯を注ぎながら味わうマテ茶。家族や友人と一つのマテをシェアする「回し飲み」を基本とし、南米の一部地域(アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイの全土、およびブラジル南部)で古くから受け継がれ、人々の日常に寄り添ってきた伝統的な飲み物だ。

にもかかわらず、一昔前までは、マテ茶がサッカーの現場でこれほど存在感を放っていたわけではなかった。マテ茶を愛飲していたことで知られるディエゴ・マラドーナも、アルゼンチン代表時代、現在の選手たちのように公の場でマテを持つ姿は確認されていない。ではこの光景は、いつ頃から見られるようになったのか。その答えを探るため、まずはマテ茶がサッカー界で注目を浴びるようになった背景と、そのルーツをたどってみたい。

今から10年前、単なる日常の風景が「どこか斬新でカッコいいもの」に

世界のサッカーシーンでマテ茶が一躍スポットライトを浴びる契機となったのは、今からちょうど10年前のこと。2016年6月、EURO開催期間中にフランス代表が公式SNSアカウントで「アントワーヌ・グリーズマン1日密着」と題された動画を公開した時だ。

動画の中でグリーズマンは、マテ茶について「頭をスッキリさせるためトレーニング前に飲んでいる」と説明。使い込まれた革張りのカラバサ(ひょうたん)製マテに、慣れた手つきで湯を注ぎ入れて飲む姿を披露し、たちまち世界中のサッカーファンの間で話題となった。特に「1人あたりの年間マテ茶消費量」(※)で世界のトップに立つウルグアイと、同2位につけるアルゼンチンでは、単なる日常の風景に過ぎなかったものが欧州のスター選手によって「どこか斬新でカッコいいもの」として紹介されたことにより、改めてその価値を見つめ直す機会となった。

同時に、両国の間ではネット上で論争が勃発した。グリーズマンがマテ茶を飲み始めたきっかけについて、「アトレティコ・マドリーのアルゼンチン勢に教えてもらったに違いない」と主張するアルゼンチン人に対し、ウルグアイ側から「プロデビューしたレアル・ソシエダのチームメイト、カルロス・ブエノ(元ウルグアイ代表)の影響だ」という反論が噴出したのだ。

マテ茶をめぐっては、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイの間で常にこの種の不毛な議論が繰り広げられている。同じ原料を用いながらも、茎入りの茶葉が主流のアルゼンチン式、細かく砕いた葉のみで構成されるウルグアイ式、冷たいマテ茶「テレレ」を飲む習慣のあるパラグアイなど、各国に独自の茶葉整形と飲み方があり、人々はこぞって「自国のマテ茶が最高」と胸を張る。前回のW杯では、アルゼンチン代表が国産ではなくウルグアイのメーカーのマテ茶を持参したことが物議を醸したが、今大会でもブラジル産のウルグアイ式マテ茶がチームの公式スポンサーとなり論議を巻き起こしたばかりだ。

そんな中、最も頻繁に持ち上がるのが「そもそもマテ茶の発祥地はどこなのか」というテーマである。

神からの贈り物の「健康効果だけでは語り尽くせない」価値

マテ茶のルーツは、まだ現在のような国境線が存在しない頃から飲んでいた南米の先住民グアラニー族にある。彼らは少なくとも5世紀にはパラナ川流域に広がる亜熱帯林で生活していたことが考古学の研究で明らかにされており、その頃からマテ茶を飲んでいた記録が残されている。

スペイン語とともにグアラニー語を公用語とする国パラグアイの保健福祉省によると、グアラニー族は植物に関する極めて高度な知識を持っており、西洋で植物学が発展し始める前から1100種を超える植物を見分け、それぞれに名前をつけて分類していたという。マテ茶の原料となるジェルバ・マテ(学名イレクス・パラグアリエンシス)もまた、彼らがその価値を見出した植物の一つだった。

アルゼンチンの大手マテ茶メーカー『Amanda』創設者フアン・シチョウスキの曽孫であり、現在はマテ茶ソムリエとして講師を務めるアレハンドラ・ラピエトラは、次のように説明する。

「グアラニー族は、ジェルバ・マテの葉が活力を与えることを見出し、それを“神からの贈り物”と捉えていました。実際、マテ茶には活動力を高めるカフェインと、体をさびつきから守るポリフェノールが豊富に含まれていて、筋肉への血流を促して運動能力の向上もサポートしてくれる。アスリートにとって、マテ茶は“天然のエナジードリンク”なのです」

グリーズマンが起床後にマテ茶を飲むことで「頭がスキッとする」と語っていたのも、まさにこうした作用によるものだ。現在ではカフェインが集中力や思考力を促し、ドーパミンの働きを活性化させることがわかっているが、グアラニー族の人々はそのようなメカニズムが解明される遥か昔からマテ茶の効能を把握し、恩恵を受けていたのである。

だがラピエトラは、マテ茶の価値は「健康効果だけでは語り尽くせない」と言い切る。そこには、現代に生きる人々の日常でも、スポーツの現場でも愛され続ける理由が秘められている。

「グアラニー族は、スペイン人が南米大陸にやって来た際、温かいマテ茶を振る舞い、一緒に回し飲みをすることによって歓迎の意を示しました。また、他の部族との戦闘前に精神統一のために飲んでいたとも言われます。そして今、私たちがマテ茶を飲む理由も本質的には変わりません。家族や友達、同僚と過ごす時も、一人で集中したい時、物思いに耽る時にも飲む。私たちにとってマテ茶を飲むことは、心を整え、自分自身や周囲とのつながりを確かめる大切な時間を過ごすことを意味しているのです」

マテを持ち歩く習慣がウルグアイからアルゼンチンに広がるまで

今でこそ公共の場で飲むことが当たり前となったマテ茶だが、以前は家庭内で楽しむのが一般的だった。マテ茶の歴史と文化を綴った書籍『El Mate』(2010年グルマン世界料理本・飲料部門で大賞を受賞)の著者であるウルグアイの作家ハビエル・リッカも、「マテ茶がその居場所をプライベートな空間から外の世界に広げたのは、歴史的に見れば比較的最近のこと」と指摘する。そして同国の人類学者ダニエル・ビダールによれば、その変化を先導したのはウルグアイ人だったそうだ。

「1973年から1985年までの軍事政権時代、ウルグアイでは若者を中心に、マテ茶が社会的なアイデンティティ、反骨精神の象徴となりました。それまでは家庭の中だけで楽しまれていたものを外に持ち出すことが、反体制的な意思表示となったのです」

もっとも、マテを持ち歩く習慣が隣国アルゼンチンにも広がるまでには、さらに長い年月を要した。私がアルゼンチンに来たばかりの頃(1989年)、自転車に乗りながら器用にマテ茶を飲む人までいたウルグアイとは違い、ここでは外で持ち歩く人はほとんど見かけず、サッカーにおいてもトレーニング場にマテを持ち込むのはウルグアイ人選手と決まっていた。

そんな状況に変化が見られ始めたのは、2010年代に入ってからのこと。その背景について、ウルグアイの彫金工房ブレシアーニのオーナー、フェデリコ・ブレシアーニが次のように語ってくれた。ブレシアーニは金銀の装飾と刻印を施したカラバサ製マテとボンビージャで知られ、ルイス・スアレスを代表するウルグアイの選手たちはもちろん、メッシやアルゼンチン代表選手たちも御用達の工房だ。

「あれは確か2014年、マクシ・ペレイラ(元ウルグアイ代表)が、当時所属していたベンフィカのチームメイト、エンソ・ペレス(元アルゼンチン代表)にマテをプレゼントしたいと言ってきました。聞けば、マクシが使っていたうちのマテをペレスがとても気に入っているとのこと。当時のアルゼンチンでは、我々が使うような革張りの大きなマテはまだ珍しかったのです。あの頃からアルゼンチン人選手からの注文が徐々に増えていき、スアレスからの紹介でメッシのマテも作りました」

どこへ行くにもマテを携えるウルグアイ人選手たちに感化され、アルゼンチン人選手の間でも革張りの大型カラバサ製マテが広まっていった。そして、その姿に憧れる若者たちの間でも同じタイプのマテが人気を集めるようになる。グリーズマンの動画が話題となったのも、そうした流れの中でのことだ。

サッカー選手たちは「マテ茶のアンバサダー」!

さらに拍車をかけたのが、2020年に発生したパンデミックだった。感染予防の観点から回し飲みが避けられるようになると、自分専用のマテとボンビージャを持つ人が一気に増加。この変化はサッカー界でも同様で、選手たちがそれぞれのマテを持って行動する現在のスタイルが定着する大きな要因となったのである。

ラピエトラはサッカー選手たちを「マテ茶のアンバサダー」と表現する。

「彼らは、この文化を普及させた立役者。特に世界チャンピオンになった今のアルゼンチン代表選手たちは、その知名度と人気からアンバサダーに相応しいと言っていいでしょう」

サッカー選手たちの間では革張りの大型カラバサ製マテが定番となっているものの、一般的には木製、ステンレス製、セラミック製など様々な素材のマテが使われており、そのサイズや形状、カラーも実に幅広い。また、選手たちが使っているマテやボンビージャには、家族のイニシャルや古巣のエンブレムなどの刻印が入っていることが多い。かつて独裁政治に立ち向かうシンボルとなったマテには、今も持ち主それぞれのアイデンティティが映し出されている。

ちなみに、アルゼンチンとウルグアイの間で激しい論争となった「グリーズマンがマテ茶を飲み始めたきっかけ」については、後日グリーズマン本人が「カルロス・ブエノから教わった」と明らかにしたことで決着がついた。かつてグアラニー族が見出したマテ茶は、人と人を結びつけ、日々の暮らしに寄り添う大切な仲間として、今日も国境を超えて愛され続けているのである。

※1人あたりの年間マテ茶消費量は、1位がウルグアイで8~10kg、2位がアルゼンチンで6kg(アルゼンチン国立ジェルバ・マテ研究所調べ)

写真/Getty Images

#社会深掘り #W杯の舞台裏