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明治安田生命寄付講座「Jリーグ・ビジネス論」で知る社会を生き抜くチカラ

スポーツビジネスの最前線を学ぶことができる中央大学商学部独自のプログラムを追う連載企画第5回。今回紹介するのはJリーグの村井満チェアマンが講演した「Jリーグ・ビジネス論」の模様をお届けする。最高学府で学ぶ最先端のスポーツビジネスとは!?

写真/©J.LEAGUE

 
クラブの経営者や広報が登壇し、履修希望者が圧倒的な人気講座は学生の熱も高い。クラブの他にJリーグからは村井チェアマン、フットボール本部本部長が登壇し、2021年はコロナ禍の影響によりすべてリモートで行なわれた。(写真は2019年の様子)

Jのキーパーソンによるサッカービジネスの本質
「Jリーグ・ビジネス論」って何?

Jリーグのタイトルパートナーである明治安田生命保険相互会社が寄付・協賛し、J1、J2、J3のクラブで働く業界のスペシャリストが、他では聞けないクラブの実務・取り組みを余すことなく講演する。スポンサー、サポーターの地域特性や集客の取り組みなど、複数のクラブの施策を網羅的に学べる、他にはない画期的な講座としてサッカー業界からの注目度も高い。

 

Jリーグクラブのキーパーソンがプロスポーツクラブの実務について講演する「Jリーグ・ビジネス論」。J1~J3まで複数クラブを網羅し、かつ比較可能な形式で語られる講座は、日本広しといえども中央大学商学部の同講座くらいのものだろう。取材日の7月某日、サッカービジネスを志す者であれば誰もが受講を望むラインナップのトリを務めたのが村井満Jリーグチェアマンだった。

 
Zoomを使用して行なわれた村井チェアマンの講演には多くの学生が参加した。

これまでのJリーグの経営、イノベーションの変遷が語られるかと思いきや、講演のタイトルは「コロナ禍でJリーグを運営する~意思決定を支えたキーワード~」。今まさに世界共通で直面しているコロナ禍におけるリーグ運営という、同時進行のドラマの舞台裏が村井チェアマンの口から語られた。

コロナ感染拡大初期の段階で、Jリーグが他のプロスポーツに先駆けてリーグを中断したことは周知の事実。その陣頭指揮をとってきたのが村井氏だった。村井氏はリクルート執行役員時代の08年に日本プロサッカーリーグ理事に選任され、14年にチェアマンに就任してから、文字通り日本サッカー界をけん引してきた。有事においてもその役割は変わらず、コロナ禍による「分断」が圧し掛かるプレッシャーの中、その意思決定のスピードと実行力は驚異的といっていいものだった。

講演では、VUCA時代(将来の予測が困難な状況)において、今までやってこれたことが通用しない中、「Jリーグとして何をしたいのか」の理念(後述参照)に立ち返り、ミスを恐れずにアクションと改善のサイクルを回し続け、感染症対策のガイドラインを策定し、現在の運営状況に至ったかが、ビジネスの視点も併せて丁寧に紹介された。

※「VUCA(ブーカ)」とは、Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字をつなぎ合わせた言葉

同講座を立ち上げ、一連のスポーツ·ビジネス· プログラムを統括する渡辺岳夫商学部長は、村井チェアマンの講演を「学生にとって衝撃的だったのではないか」と振り返る。

「大人の世界はこれだけ周到に準備して仕事をしている。ここまでやるのか。これがプロの一流の仕事なんだと感じたことでしょう。村井チェアマンの意思決定を支えたJリーグの理念は、個人に置き換えれば信念。若いうちに確立することは難しいが、いろいろな経験を通して醸成されていく。これがしっかりあれば、不確実な時代でもブレずに、ミスを恐れずに行動できる。村井チェアマンの講演によって学生は将来のキャリア形成についても示唆を頂戴できたのではないか」(渡辺教授)

この日、リモート講義には200人もの履修学生が参加。講演後の質疑応答の時間では、一瞬で学生からの質問で埋め尽くされるなど関心の高さが伺えた。つながりの「分断」を強いられ続けるコロナ禍においても、学生の「熱」は変わらずそこにあった。

 
 

「PDCA」と呼ばれる業務改善のフレームワークに、「M(ミス)」を置いた村井チェアマンが考えた行動規範。村井氏いわく「サッカーはミスをするスポーツ。そこから這い上がり、立ち向かっていくのがサッカーの本質。Jリーグで働く我々がミスからの成功サイクルを体現する存在」としてミスを組み込んだ。時代の変化に対応してきたJリーグの歴史の根本にある考え方だ。

村井チェアマンによるVUCA時代の行動指針をピックアップ!

❶スピードは本気度の表れ

村井氏いわく「スピードは経営者の本気度の代替変数」。コロナ感染初期の2020年2月21日、Jリーグはマスク着用義務で開幕。2月24日の第1節の振り返りを、翌日、Jリーグ全56クラブの社長を招集して合同で行い、第2節の準備を整えた最中、専門家が「1~2週間が瀬戸際」と発言。誰もがまだピンときていない状況下、村井チェアマンはこの言葉に危機を察知し、再び緊急招集を行い2週間のリーグ中止を発表した。その翌日、政府から自粛要請、全国の学校休校がなされることになる。Zoomによる複数のミーティングを行なって情報収集し、どこよりも早く決断を下した。

2020年におこなった会議

  • 定例および臨時 実行委員会:28回
  • 定例および臨時 理事会:15回
  • NPB&Jリーグ新型コロナウイルス対策連絡会議:22回

意志決定の前には徹底した情報収集と議論を行なった。会議の他にもオンラインで平日21時に「スナック」と題して、欧州リーグで活躍する日本代表選手(現地は朝9時頃)を招き、Jリーグ社員が視聴のもとアドバイスを求め情報収集に努めたという。


❷持っている情報は隠さずに“さらす”

村井氏いわく「魚と組織は天日にさらすと日持ちがよくなる」。Zoomを導入することでJリーグとしてメディアを全国から招き、持ちうる情報を複数回にわたって開示した。「我々がもっている情報をさらすことで、奥行きの浅さ、範囲の狭さ、追求の浅さを容赦なく叩かれる。そうすることで新たな情報を入手できる」と村井氏。2019年、Jリーグの年間会見は17回だったのに対し、新型コロナに関する会見回数は71回を数えた。


❸ブレない判断軸を持つ

前例のない事態において、判断に迷った場合にはブレない判断軸が必要となる。命・健康と経済活動のどちらを優先するのか。Jリーグ理念にある「国民の心身の健全な発達への寄与」という創設からの精神を軸に、Jリーグは対策の徹底を講じるまでリーグを再開しないという優先順位を決めた。結果、4カ月の準備期間を経て、万全の対策をもってリーグは再開された。

「有事での意思決定」の基準となったJリーグ理念

  • 日本サッカーの水準向上及びサッカーの普及促進
  • 豊かなスポーツ文化の振興および国民の心身の健全な発達への寄与
  • 国際社会における交流および親善への貢献

❹追い詰められた時は徹底的に追求する

公式戦における対策のために綿密な実証調査を行なった。試合会場でカメラで撮影した画像をAIで分析し実際の着用率を算出し、試合中は平均95.2%、ハーフタイムは85.9%(リーグ戦での一例)と示した上で会場でマスク着用を呼び掛けた。その他、ソーシャルディスタンスについてもレーザーレーダーで人流を計測し、密の回避・分散につなげるなど、村井氏いわく「窮すればFACTを掘る」の精神で感染リスクを削減していった。

成功している事象の背景には理由がある

 

渡辺岳夫教授
(商学部長)

村井チェアマンの講演で一番印象に残ったのは「窮すればFACTを掘る」というところ。あれだけ対策を追求しているから感染者がほとんど出ていない。成功している事象の背景には理由があるのだと実感しました。Jリーグは当たり前のことが当たり前にできる組織。誰が考えたって意思決定は早い方がいいし、FACTだって掘れるだけ掘った方がいい。でも通常はそれができない。村井チェアマンのパーソナリティ、資質あってこそだと思いますが、それができているのが何よりすごいことなのだと思いました。

高校生に向けたメッセージ

制約のなかに自由があるということ
コロナ禍の中、できたこととできなかったことがあると思います。でも私は制約は必ずしも悪いことではないと思っています。つまりその中で、自分自身何ができるかを考えることで、自律的自主的な行動が生まれるのです。その先に成長や未来がある。その未来の中に本学があって、来年以降一緒に学ぶことができれば嬉しいです。

ミスを恐れず行動することの大事さを知った

 

奥原康太さん
(商学部経営学科1年)

村井チェアマンはミスを恐れず、間違いがあってもすぐに修正しながら走り、迅速な決断をされている方だと感じました。この講座では各クラブチームによるミクロな視点、チェアマンによるマクロの視点の両方を伺うことができました。僕はスポーツビジネスに興味があり、プレーヤーとしてはクラブに貢献できないけど、経営者として可能性を模索していきたいと思います。

将来はJクラブの広報として働きたい

 

鈴木愛理さん
(商学部経営学科2年)

父が元日本代表、兄が現役Jリーガーのサッカー一家で、私は中高、そして今は中大サッカー部でマネージャーをしています。村井チェアマンは「選手が困難に立ち向かっている姿をみて自分も頑張れる」といった旨の発言をされていて、私もマネージャーとしてすごく共感できました。家族を通じて見ていたJクラブの運営の裏側をこの講義で学び、Jクラブの広報として働きたい想いが強くなっています。