
フランスをチンチンにしたスペインに見る「ゆらゆら走り」の重要性。サッカーが上手い、とは?
『北中米W杯深掘り分析スペシャルレビュー』特集から、準決勝のフランス対スペイン(0-2)をお届け。準々決勝まで6試合16得点2失点の“レ・ブルー”を無力化した、“ラ・ロハ”の縦へ横への「ゆらゆら走り」に注目した。
「ボールをもらう→ゆらゆら走る→パスを出す」の繰り返し
スペインがフランスを「チンチン」にした、で異論はないだろう。が、チンチンぶりがなかなかスタッツに出て来ない。「チンチンに回した」とは言えない。支配率はフランス49%対スペイン51%だから。シュート数は10本(枠内3)対9本(枠内1)で、アタッキングサードでの攻撃時間率は34%対22%で、ローブロックでの守備時間率は18%対27%(以上データは『Driblab』)とフランス優勢に見えさえする。ゴール期待値の0.49対0.89(PKを除く)、勝ち点期待値の0.47対2.31だけが、内容に正直にチンチンである。
何が起こっていたのか?
ポゼッションの量ではなく質が高かった。ムバッペ、デンベレ、バルコラ、オリーセに決定的な場面を作らせなかったのは良い形でボールを持たせなかったからで、それは結局、ボールが無ければ攻められない、ということだ、と考えるとポゼッションサッカーの勝利と言える。だが、ではポゼッションの質の高さとは何なのか? もう少し大局から見れば、スペインの方がサッカーが上手かった、とも言える。だが、ではサッカーが上手い、とはどういうことなのか?
グラウンド上で起こっていることを言語化するのがジャーナリストの仕事なのにチンチンがうまく描写できない。だが、現象としてしばしば見られ、ポゼッションの質の向上、攻撃精度のアップ、スペース的な支配、フランスの無力感の増大に大きく貢献したプレーはわかる。
それはスペインの縦走りと横走りだ。
パス回しは考えてみれば当たり前のことだが、普通は足を止めては行われない。ボールをもらう→ゆらゆら走る→パスを出すの連続。この連続がパス回しとかポゼッション状態と言われる。ボール回しの基本として三角形にポジショニングすることの重要性が強調されるし、練習法として鳥かごが定着しているので、足を止めた人たちがワンタッチやツータッチでクルクル回しているさまを想像してしまうが、実戦では「ボールをもらう→ゆらゆら走る→パスを出す」の繰り返しのことの方が多い。
今回はフランス対スペインを題材にこの「ゆらゆら走る」という部分の重要性にスポットを当てたい。
※「ゆらゆら走り」をスペイン語ではConducciónと呼ぶ。ボールを運ぶことなので日本語では「ドリブル」とされることも多いが、スペインでは相手を抜き去る行為であるドリブル(Regate)とは明確に区別されている。
それはポゼッションの質を上げ、数的有利とセットになった集団技
子供の指導の現場では早い段階で「ボールをすぐに離すな」と教える。パス回しとは、直ちに仲間にボールを渡すこと、と誤解している子はスペインにも多い。違う。「ボールを動かしてマーカーを引き付けてから出せ」と言う。もし、マーカーが付いて来なかったら? 「マークが出て来るまで自分でボールを運んで行け」。もし、出て来なかったら? 「そのままシュートを撃っちゃえ」。こうして生まれたのが準々決勝スペイン対ベルギーでのメリーノの決勝ゴールである。クバルシがボールを持ち上がっても誰も行く手を阻もうとしなかった。だから撃った。そのシュートをGKがこぼした。
「ボールをすぐに離すな」とは、「パス回しのためのパス回し=無駄なパス回し=局面の変わらないパス回しをするな」の意味でもある。持ち上がると局面が変わる。マーカーが付いて来たり、マークを放棄して前進を阻もうとする相手が出て来たり、そもそもボールの位置が変わり続けることで、別の状況が次々と生まれる。ボールは局面を変えるために使わないといけない。ボールの動かし方には「パス」と「ボール運び」があるが、ボールを動かしても局面が変わらないとすればいずれにしても無駄なアクションである。質の高いポゼッションとはボールを動かすことで局面が変わるポゼッションであり、質の低いポゼッションとはその逆。つまり、「ゆらゆら走り」にはポゼッションの質を上げる効果がある。
一見、「ゆらゆら走り」よりもスパっとパスを通す方が局面が変わりやすいように見える。例えばサイドチェンジは大きく局面を変えるが、常にそうとは限らない。なぜなら、漫然と左右にボールを振っても相手の構えているブロック(マーク関係)は変わらないから。対して、ラインを越える縦への「ゆらゆら走り」(縦走り)も、レーンを越える横への「ゆらゆら走り」(横走り)もマーク関係を変えることを余儀なくされる。
ムバッペが試合終了後「2対3の数的不利だったからプレスできなかった」とこぼしていた。その通り。ムバッペとオリーセ(もしくはデンベレ)の2人対クバルシとラポルトとロドリの3人。クバルシもしくはラポルトが構造的にフリーになっていたので、チャンスがあればどちらかが縦にボールを持ち上がっていた。例えばラミン・ヤマルがPKを獲得したシーン(20分)。まず3(クバルシ、ラポルト、ロドリ)対2(ムバッペ、デンベレ)の数的不利でプレスに行けず、次にロドリがラビオの背後に動いたことで2(ロドリ、ダニ・オルモ)対1(ラビオ)の数的不利でプレスに行けず、オルモがラポルトにボールを戻してフリーのラポルトが縦への「ゆらゆら走り」を開始するも、オリーセは1対2(ラポルト、ククレジャ)の数的不利だったので下がるしかなく、ラポルトからククレジャへ展開されククレジャのセンタリングをディーニュが処理を誤ってPKをプレゼントする。
ちなみに、「ゆらゆら走り」はその名の通りスピードに乗ったランである必要はない。むしろ、スピードが無いことが長所である。ゆっくり走っているゆえに相手が誘い出されやすく、本人は顔を上げることができ、周りの仲間には次の仕掛けのための時間的余裕を与えられる。オリーセはラポルトにぶっちぎられるのが怖かったのではなく、数的不利なので下がるしかなかった。つまり、「ゆらゆら走り」は個人技ではなく、数的有利という状況とセットになった集団技である。
「フリーなら上がれ」と子供時代から教えられているはずのクバルシとラポルトはどんどんボールを持ち上がった。フリーの彼らがボールを前へ運ぶことで自陣ゴール前での数的有利も一緒に“持ち上がって”中盤での数的有利となり、最終的にはCBの彼らをシューターやキーパスの出し手に変える。フランスにとっては最初はムバッペの問題だったものが最後はDFラインの問題化してフィニッシュを防ぐことができない。そういう意味で、縦への「ゆらゆら走り」には派手なドリブル以上の攻撃的なインパクトがあるのに、ドリブラーのような特殊能力を必要としない、という意味でポイントは高い。
スペインの子供たちが大好きな狡猾で悪戯っ子っぽいプレー
スペインの2点目(58分)はポロの横走りから生まれている。
ファビアン・ルイスからボールをもらうとポロはゆらゆらと横走りをスタートする。途中、担当ゾーンを外れたのかドゥエがポロへのマークを放棄する。ポロはラポルトにボールを下げたところで右サイドへ戻る。ラポルトがオリーセの背中に空いた広大なスペースにいるオルモにパス。オルモが反転した時点で4対4となってフランスは下がるだけ。この流れからオルモとのワンツーでゴール前に飛び出したポロが冷静にニアに叩き込んで0‐2となって勝負はついた。このゴールまでにパスと横走りでプレスを無効化された結果、二十数本のパスを連続で繋がれての失点、精神的なダメージも大きかったろう。
横走りや後ろ走りはボールを奪われにくい。クルっと反転して横や後ろにボールを運ばれると、背中でボールをカバーされている状態(いわゆる「ボールを隠されている状態」)になるから無理に足を入れればファウルになるだけだし、せっかく前に築いたブロックも意味をなさない。スペインの選手はマークを剥がすのがうまい、と言われるが、その剥がし方の1つに後ろ走りや横走りでマークを断念させる(担当ゾーンを外れるから)というのがあり、もう1つの剥がし方にフリーマンの縦走りによって生じるマークの受け渡しミスを突く、というのがある。いずれも、「ゆらゆら走り」が深く関わっている。
ボールの持ち運びはプレーのスピードダウンを招く。そりゃそうだ。ボールを走らせろの逆をやっているのだから。しかしリードを守る側のスペインにとっては低いリズムの方が都合がいい。パスとボール運びを交えて丁寧に繋いで数的有利を作りながら上がって行く。フランスを自陣ゴール前に張り付かせてからフィニッシュをする――この繰り返しをやればムバッペらに走られることなく時計の針を進められる。一番怖いスピーディーな攻守の切り替えからのカウンターを喰うことがなくなる。
最後に、「ゆらゆら走り」と、「ゆらゆら走り」を交えてのポゼッションのメリットをまとめておく(順不同)。
技術的に難易度が高くない(反面、状況が次々と変わるので味方にとっても適正なポジショニングなど高い戦術理解力が要求される)。ボールロストしにくい。近い距離感でのパス交換になるのでロスト後のプレスが効く。試合のリズムを下げられる。間を作れる。マークを剥がしやすい(横走りや後ろ走りを律儀に追いかけた相手は配置がガタガタになる)。相手をイライラさせる……。
パスと「ゆらゆら走り」でボールを動かし、引き付けてから離すの連続であざけるようなプレーをするのはスペインの子供たちは大好きだ。ラテンならではの狡猾で悪戯っ子っぽい部分をくすぐるのだろう。カッカするムバッペを見てそんなことを思い出していた。
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