
なぜ人口18万人のサッカー発展途上国が史上初のW杯へ?キュラソーの“奇跡”を生んだ「寄せ集め」集団らしからぬ「一体感」の正体
48カ国が参戦した北中米W杯で、歴代出場国を含めても最少人口となる18万人の島国でありながら史上初めて北中米カリブ海予選を勝ち抜き、本大会への切符をつかんだのがキュラソーだ。“奇跡”を生んだ「寄せ集め」の集団らしからぬ「一体感」の正体に、7年前から注目していたフットボールコラムニスト、安洋一郎氏が迫る。
2011年発足の代表チームが北中米カリブ海予選を無敗突破
これは人口18万5000人の島国が起こした奇跡である。
オランダの構成国であるキュラソー代表が、2026年に開催される北中米W杯の出場権を獲得した。
彼らは2018年のロシア大会に出場したアイスランド代表の記録を塗り替え、史上最も人口が少ないW杯出場国となる。国の面積も史上最小だ。
キュラソー代表が成し遂げた快挙は、あらゆる条件がそろったことによる“奇跡の連続”によって生まれた。
彼らにとって好条件となったのが出場枠の増加だ。出場可能なチームが「48」に増え、アメリカ合衆国、メキシコ、カナダの共同開催となったことで、北中米カリブ海予選のハードルが過去の大会と比較すると下がっていた。
ただ、キュラソー代表がW杯に出場できたことを「幸運」の一言で片づけるのは浅はかだろう。
代表チームの発足は2011年と歴史が浅い。キュラソー島は人口が少ない上に、多数のMLBプレーヤー(メジャーリーガー)を輩出している野球文化が盛んなカリブ海に浮かぶ島ということもあり、サッカーが発展する土壌もない。
実際にその現チームを見ても地元出身者は、マンチェスター・ユナイテッドの下部組織出身で知られるタヒス・チョン(シェフィールド・ユナイテッド)のみだ。
常識的に考えれば、この環境の代表チームがW杯に出場することはあり得ないだろう。
それでもキュラソー代表は北中米カリブ海3次予選を3勝3分の無敗で勝ち抜き、最終戦のジャマイカ代表戦では相手のシュートが3度もポストに直撃する幸運も彼らを味方した。
なぜ、キュラソー代表は不可能だと思われた目標を可能にすることができたのだろうか。
背景にあるキュラソー島とオランダの歴史的関係
キュラソー代表を語る上で欠かせないのが、オランダとの歴史的な関係だ。
キュラソー島は2010年まで複数の島で構成されるオランダの自治領「オランダ領アンティル」の中心地だった。
オランダが1634年に当時スペイン領だったキュラソー島に進出。首都ウィレムスタットは15世紀から17世紀にかけての大航海時代の「オランダ西インド会社」の拠点だった。
そのためカリブ海に浮かぶ島ながらも、街並みはヨーロッパの影響を強く受けている。
キュラソー島とオランダは、地理的には遠く離れているが、文化や言語(オランダ語と英語)など、本国との共通点も多い。そのため時代が経つに連れてキュラソー島からオランダへと生活の拠点を移す人々が増えた。
その結果、キュラソー島にルーツを持つオランダ生まれのサッカー選手が多く誕生する。
例えば、オランダ代表のレジェンドであるパトリック・クライファートの母親はキュラソー島の生まれだ。
現役のオランダ代表であるユリエン・ティンバー(アーセナル)とクインテン・ティンバー(フェイエノールト)の母親もキュラソー島の出身。彼らの兄であるディラン・ティンバー(VVVフェンロ)はキュラソー代表を選択している。
他にもヨレル・ハト(チェルシー)やルシャレル・ヘールトロイダ(サンダーランド)らキュラソー島にルーツを持つ選手が多数いる。
彼らのようにオランダ代表に選出される実力がある選手たちを、キュラソー代表に勧誘することは現実的ではない。
しかし、オランダ代表に選出される実力がない選手からすると、W杯出場の可能性もある代表チームの話は魅力的に映る。
この境遇の選手たちに、積極的に声を掛けることで強化を図ったのだ。
わずか数年でFIFAランキングが100位以上アップ
キュラソー代表の認知度が一気に向上したのが、初期メンバーの1人であるクコ・マルティナの存在だろう。
オランダのロッテルダム出身のDFは2015年夏にサウサンプトンへ移籍する。プレミアリーグ史上初となるキュラソー人選手として多くの話題を集めた。
彼の台頭をキッカケに、キュラソーにルーツを持つ選手が続々と代表変更を発表する。フィテッセで正GKを務めていたエロイ・ロームや当時アストンビラに所属していたMFレアンドロ・バクーナら、欧州のトップリーグで主力を務める実力者が代表チームに入った。
2014年7月時点ではFIFAランキングが183位だったところ、わずか3年で68位まで大幅に順位を上げる。現在は86位に落ち着いているが、数年で100位以上もアップに成功した。
実力者の代表入りと同時にキュラソー代表の躍進が始まり、2017年には予選を勝ち上がって同国史上初となるCONCACAFゴールドカップに出場。2019年大会では最高位となるベスト8まで勝ち上がった。
「寄せ集め」であるがゆえのマネージメントの難しさ
しかし、最終的にW杯出場の切符をつかんだキュラソー代表のような例は稀だと言える。
というのも、二重国籍や帰化選手が中心の代表チームは、どうしても戦力が寄せ集めのようになってしまうため運営が難しいのだ。
日本で最も馴染み深いのが、2026年大会に向けて続々とオランダから選手が帰化したインドネシア代表だろう。
かつてオランダの植民地だったことから、インドネシアにルーツを持つオランダ人選手が多く、直近の数年間でDFジェイ・イツェス(サッスオーロ)やDFケビン・ディクス(ボルシアMG)、GKエミル・アウデロ(クレモネーゼ)らがインドネシアにパスポートを変えている。
ネームバリューだけで見ればアジア屈指の実力があると言えるが、結果は最終予選敗退に終わった。
今回のW杯予選でキュラソー代表に敗れたジャマイカ代表も二重国籍を活用した強化を図っている。
かつてジャマイカはイギリスの植民地だった過去があり、英国生まれでジャマイカにルーツがある選手を続々と勧誘。ブレントフォードに所属するイーサン・ピノックやリコ・ヘンリー、バーミンガム・シティのデマレイ・グレイが該当する。
ネームバリューと選手個人の実力はカリブ海の中でも群を抜いた存在だろう。
しかし、北中米カリブ海3次予選でキュラソー代表に敗れたことで、来年3月にメキシコで行われる大陸間プレーオフに回ることとなった。
出身国と代表が不一致なチームの特異点として
インドネシア代表とジャマイカ代表の2チームと、W杯出場を確定させたキュラソー代表では何が異なるのだろうか?
二重国籍や帰化選手が多い代表チームの最大の課題が、選手によって育った環境が大きく異なること。
特にインドネシア代表の場合は、言語も文化も大きく異なるため、意思疎通の部分から難しい。
また、代表歴の長い地元出身選手と経験の浅い帰化選手の間では、異なる価値観からしがらみも生まれやすい。
Netflixシリーズ『キャプテンズ』にて、ジャマイカ代表の主将であるGKアンドレ・ブレイク(ジャマイカ出身)は、選手の出身地がバラバラであることから、強いチームに勝つために欠かせない「一体感」を作ることの難しさを語っていた。
一方のキュラソー代表は、ほぼ全員がオランダ出身と、本当出身者が少ない「寄せ集め」でありながら各個人の境遇は似ている。
両親や祖父母の世代がオランダに渡っていることから、キュラソー島にも家族がいるケースが多数。そのためインドネシア代表やジャマイカ代表との比較では、各々の共通点が多く、チームがまとまりやすい。
その上でバクーナやロームらキュラソー代表で長きにわたり主力を務める選手たちが今も不動のレギュラーとしてプレーしており、彼らが中心となった輪ができている。その仲の良さは、様々な代表チームでも指折りのものがあるだろう。
このもともとある団結力に、オランダ代表と韓国代表でW杯に出場した老将ディック・アドフォカートの経験が加わったことで、夢の舞台への出場に大きく近づいた。
北中米W杯への不安と次の段階への期待
しかし、現在の代表チームには課題も多い。
特に選手層の部分には大きな不安を残しており、2024年1月にキュラソー代表の監督に就任したアドフォカートも、チームの選択肢を増やすことを求めている。
キュラソーサッカー連盟も同様の考えを持っており、オランダ国内で計8つのプロクラブを率いた経験も持つアドフォカートの招へいは、選手勧誘の一環でもあった。
そもそもオランダ代表が選手層の厚い強豪国でなければ、質の高い選手を勧誘することはできない。
二重国籍や帰化選手を中心として代表チームを作る上では、本国が高いレベルであることが最低条件となるのだ。
2025年の9月シリーズには7選手を初招集。その中には、先述したタヒス・チョンや指揮官のユトレヒト監督時代の教え子であるDFリーシェドリー・バズール(コンヤスポル)の名前もあった。
同タイミングで初招集されたDFシュランディ・サンボ(スパルタ・ロッテルダム)はデビューから6試合連続でフル出場。即戦力として、W杯出場権獲得の原動力の1人となった。
バクーナやロームら約10年間チームを牽引してきた中心選手からすると、W杯出場は1つの終着点でもある。すでに30代中盤となった彼らにとってはキャリアの集大成となるだろう。
それと同時に、キュラソー代表のフェーズは次の段階に移ることが予想されている。
W杯出場という歴史的な快挙を成し遂げたことで、さらに実力のある選手の代表入りが想定され、長期的な視点に立てば、島全体のサッカーの競技人口の増加も期待できる。
これらが上手く噛み合えば、W杯の常連国になることもゴールドカップ優勝も現実的な目標となるだろう。
サッカー発展途上国であるキュラソー代表の歴史は動き始めたばかりだ。
写真/FIFA via Getty Images