コラム

2018年01月12日

全少SPECIAL INTERVIEW 山田直輝
[第26回大会優勝・湘南ベルマーレ]

2017年、湘南ベルマーレで活躍をみせた山田直輝選手。小学6年生の時には、埼玉県代表「FC浦和」のメンバーとして、 第26回全日本少年サッカー大会・決勝大会に出場し、優勝しています。そこで山田選手に、ジュニア時代のことを振り返りながら、決勝大会で感じたことや決勝大会へ出場する選手に向けたアドバイス、さらに親のサポートについてなどをうかがってきました。

※取材は2017年11月15日に行いました。

取材・文/編集部
写真/野口岳彦

サッカーが大好きで負けず嫌い
全少(決勝大会)に出ることが目標だった

―まずは、サッカーを始めたきっかけを教えてください。

「父が日本リーグでサッカーをやっていたので、ボールには自然と触れていました。4歳の頃、3つ年上の兄が北浦和サッカー少年団に入っていたので、ついていったことがあったんです。その時に、コーチの方に『一緒にやってみない?』と誘われて。ほんとは、まだ入れない年齢だったんですけど、所属させてもらって、そこから始めるようになりました」

―その頃、印象的なことってありますか?

「全然覚えてないです(笑)。少年団での記憶より、幼稚園でサッカーをしてたことを覚えてますね。自由時間があるたびに、ボールを持ってサッカーをやっ てたんで。とにかく、楽しかったですね」

―当時が一番無邪気にサッカーをしてました?

「いや、僕は今でも、無邪気にサッカーをやってます。無邪気にやってる時が調子がよくて、考えてしまってる時は駄目だなと思いますね」

―小学生時代を振り返ると、どんなふうにサッカーと向き合っていたのでしょうか?

「単純にサッカーが好きで、毎日毎日ボールと戯れてたという感じです。4年生くらいになると、試合に出たい、上手くなりたいという気持ちがどんどん強くなっていきました。ほんとに負けず嫌いで、試合で負けた時はいつも泣いてましたね。小学生の頃に目標にしてたのは、やっぱり全少(決勝大会)に出ることです。ただ、この大会で優勝するとまでは考えてなくて、とにかく決勝大会に出ることを目指してました」

決勝大会で友達になった選手とは今でもつながっている

―6年生の時に、選抜チーム「FC浦和」のメンバーとして、目標だった全少の決勝大会に出場されましたよね。決勝大会の印象はどうでしたか?

「僕はJリーグの下部組織のチームに憧れていたので、そういったチームと試合ができるというワクワク感がすごくありました。ただ、実際に戦ってみると、 強かったですね。準決勝で柏レイソルと戦ったのですが、本当に圧倒されて。頑張って守って、なんとかPKで勝ちましたけど、やっぱりJリーグの下部組織のチームは技術力があるし、すごいなぁと実感しました。それに、プロ選手と同じユニフォームを着てるから、めちゃくちゃかっこいいなって(笑)。僕らのチームは優勝しましたけど、自分た ちが強かったから優勝できたとは思ってないですね」

―決勝大会に出場したことで、成長できたと感じることはありますか?

「浦和界隈で上手い選手が集まった選抜チームだったので、周りには僕らより上手い選手はいないのかなって思ってたんです。でも、決勝大会の舞台に出て、日本ってまだまだ広い、もっと上手くなりたいと思えました。小学生のうちに全国の上手い選手たちのレベルを知れたことはすごく大きかったと思います」

―決勝大会へ出場する選手たちは、どんなことを心がければいいでしょうか?

「いや、僕は今でも、無邪気にサッカーをやってます。無邪気にやってる時が調子がよくて、考えてしまってる時は駄目だなと思いますね」

―小学生時代を振り返ると、どんなふうにサッカーと向き合っていたのでしょうか?

「僕が決勝大会に出た時は、出場チームの宿舎が一緒だったこともあって、サッカーが上手いなって思った選手には声をかけて、友達になりにいってたんです。Jリーグのユニフォームを着てる選手ばかりに声をかけてましたけど(笑)。友達になった選手とは、後にトレセンで会ったり、同じようにプロになった選手もいます。指宿洋史君や比嘉祐介君(共にジェフユナイテッド市原・千葉)がそうですね。 僕のように声をかけるまではできなくても、試合をした中で、この選手は上手いなと思ったら、 しっかり顔と名前を憶えておくといいと思います。そうすれば、今後『あの時の選手と今、一緒にやってるんだ』『また、対戦できてる』ということが必ずどこかであるだろうし、きっとつながっていくはずです。僕自身、決勝大会で友達になって、何度か対戦した選手とは、相手がサッカーをやめてしまった今でもつながってますし、大切な存在ですから。そういった意味で決勝大会は、友達をつくる場にもふさわしいと思います」

山田直輝

母はいつも試合をみにきてくれる一番のサポーター

―ジュニア時代、お母さんはどういったサポートをしてくれましたか?

「母は、どの試合にもついてきてくれました。ただ、試合中はうるさかったです(笑)。父と違い、それほどサッカーに詳しくないので、試合中に指示をするわけではなくて、『いけいけ直輝』とか、とりあえず名前を叫んでましたね(笑)。でも、いつも試合についてきてくれて、僕が元気にコートを走る姿をずっとみててくれた、一番のサポーターだと思います」

―お母さんとの距離感はどうでしたか? プレーのことで叱られたりとか。

「母は、サッカーに関しては何も言わなかったですね。サッカーのことについて言うのは父で、母からは私生活の面でよく叱られてました。でも、友達と喧嘩をしたり、学校で悪さをした時には、必ず一緒に謝りに行ってくれて。今、自分が父親になって、親のありがたみがわかりますね」

―サカママとして、どんなふうにサポートするのがいいのでしょうか?

「僕の母は、試合中、うるさかったと言いましたけど、実は母が試合をみにきてくれるのがすごくうれしかったんです。お母さんたちが、子どものプレーをみ たいと思っているのと同じくらい、きっと子どもたちもみてほしいと思っているはずです。だから、できるだけ試合をみにいって、お子さんの姿を追いかけてあげてほしいと思います。それと、僕は母が試合をみてくれて、一緒になって喜怒哀楽を表現してくれたのもうれしかったので、子どもたちも、親御さんがそうしてくれると喜ぶんじゃないかなと思います」

―最後にサッカージュニアへ、メッセージをお願いします。

「とにかくサッカーを楽しむことです。誰だって楽しいことは、上手くなりたいと思いますよね。その気持ちを純粋に表現していくことが、一番の成長の近道だと思うんです。技術の面で一つ言えるとしたら、誰よりもボールにたくさん触ってほしいということ。小学生時代は、本当に身に着く時なので、この頃にどれだけボールを触ったかが大事になってきます。僕自身、小学生時代、サッカーが楽しくて、できる限りボールを触ったつもりではいましたけど、もっともっと触っておけばよかったと思ってるくらいなんで。僕と同じような後悔をしないためにも、いっぱいボールに触れて、サッカーを楽しんでほしいと思います」

やまだなおき

PROFILE● 1990年7月4日、埼玉県出身。
168cm/66kg。MF。北浦和サッカースポーツ少年団でサッカーを始め、選抜チーム「FC浦和で、第26回全日本少年サッカー大会優勝。浦和レッズジュニアユース、浦和レッズユースを経て、09年トップ昇格。15年から3年間湘南ベルマーレでプレーし、18年から再び浦和に復帰。

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